全国放送で伝えることの限界

全域に津波注意報が発表された沖縄県では、避難をめぐって住民に戸惑いや混乱がみられたと琉球放送(RBC)が伝えている。

津波注意報の発表に伴い、地元の市町村が避難指示を出すことは決して珍しいことではない。けれども、その場合に避難指示の対象となるのは原則「堤防から海側にいる人」だけである。具体的には漁業や水産業の従事者、港湾労働者など港で働く人たち、または海水浴客やサーファー、釣り人など海のレジャーを楽しんでいる人たちが対象で、居住エリアは基本的に対象外だ。だから、津波注意報の段階で気象庁は「避難」という言葉を使わないし、私たちも「逃げて」と呼びかけたりはしない。

ところが、この基本原則を大半の住民は知らないし、実は自治体や報道機関の防災・災害担当者でも理解が不十分な人が少なくない。RBCによると、津波注意報の発表後、沖縄県が発信した緊急速報メールには「直ちに高台等に避難し、身の安全を確保してください」と記載されていたという。県内全域にいる人たちに一斉に伝えるメッセージとして、はたして適切だったのだろうか。

一方、全国のJNN系列各局が放送した特別番組では、もっぱら津波警報の発表エリアを念頭に置き、「ただちに避難して」「逃げて」「高台へ」「津波避難ビルへ」と呼びかけ続けた。結果的に津波注意報の発表エリア、津波注意報が発表されていないエリアにいる視聴者にも同じメッセージが届いていたことになる。

「マス」メディアである以上仕方のない面はあるにせよ、今回のように〈広域〉〈長時間〉にわたって影響が及び、場合によっては被害も生じる災害における、各地域の実情に応じたきめ細かいローカル放送の必要性・重要性をあらためて実感している。

いくら広域に影響が出るとはいえ、地域によって大小や濃淡はあるだろうし、呼びかける内容に違いも出てくるだろう。だとすれば、それらをカバーするのに東京発の全国一律の放送にはどうしても限界がある。

今後も災害時の特別番組は全国放送であることを軸にしつつ、例えば1時間のうち10~15分程度はローカル枠を必ず設けるような、「地域」を重視した対応がますます必要になると確信する。放送の信頼性を維持し、高めるためにも。

「遠地津波」は津波の典型ではない

人々の防災対応や避難行動は、往々にして直近の災害の経験や記憶に引きずられ、短絡的、一面的なものになってしまうことがある。

今回、津波警報が発表された30日午前9時40分から、第一波の到達が最も早いと予想された午前10時(北海道太平洋沿岸東部・中部が対象)までに20分の猶予があった。国内で最も早く第一波が観測された午前10時17分(根室市花咲)までには37分あった。したがって、慌てずにリードタイムを生かし、熱中症にならないための用品も持って避難できていればベストだったと思う。

しかし、避難に時間的猶予があったのは、遠地地震に伴う遠地津波だったからに過ぎない。もし震源が陸地に近ければ、津波は数分以内に襲来する。津波避難の原則は、あくまで「一刻も早く、少しでも高いところへ」であることを忘れてはならない。遠地津波は、日本を襲う津波のスタンダードでは決してない。

〈参照文献・引用したウェブサイト等〉

気象庁,令和7年7月の地震活動及び火山活動について 別紙2 世界の主な地震活動(2025/8)

気象庁,令和7年7月30日08時25分頃のカムチャツカ半島付近の地震について(2025/7)

東北放送(TBC),津波警報時の暑さ対策が課題 津波避難場所で熱中症に 仙台市が備蓄品を検討(2025/8)

TBSテレビ,11時間にわたる「津波警報」で列島混乱 帰宅困難相次ぎ、タクシーに長蛇の列 鎌倉では観光客らに議場開放し避難所に(2025/7)

岩手放送(IBC),津波警報や津波注意報が発表された岩手県内の様子を振り返る(2025/7)

文部科学省,公立学校の体育館等の空調(冷房)設備の設置状況について 調査結果(2025/6)

東北大学災害科学国際研究所,2025年カムチャツカ地震津波速報会 発表資料 避難行動の実態(2025/9)

丸善出版,理科年表2025(2024/11)

琉球放送(RBC),カムチャツカ半島地震から2週間 津波警報・注意報で浮かんだ避難の課題「高台か、屋内か」 そして“猛暑リスク”…専門家が提言する避難行動とは?(2025/8)

<執筆者略歴>
福島 隆史(ふくしま・たかし)
TBSテレビ報道局解説委員(災害担当)

社会部記者、「JNN報道特集」ディレクター、社会部デスク、JNNニュース編集長、東日本大震災発生後にJNN三陸臨時支局長などを経て現職。
阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震、平成 30年 7 月豪雨、東日本台風、令和6年能登半島地震など、これまでに多数の災害を取材。

日本災害情報学会 副会長
日本民間放送連盟 災害情報専門部会 幹事
十文字学園女子大学 非常勤講師
2024年6月 気象庁長官表彰(一般功績分野)

【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。