行政による「何かをやってる感」
やがて地方博は、未来を語る装置ではなく「何かをやっている感」を演出するためのイベントへと変質していきます。展示は陳腐化し、目新しさは薄れ、入場者数は計画を下回る例が続出しました。にもかかわらず、会場整備やパビリオン建設には多額の公費が投じられ、終了後には使い道のない施設と借金だけが残ります。
こうして90年代に入る頃には、「地方博=赤字」「地方博=失敗事業」というイメージが定着してしまいました。
思えば「ポートピアの成功体験」は再現可能なモデルではなく、時代と条件が奇跡的に噛み合った例外だったのです。それを十分に検証しないまま拡大解釈した結果、日本各地に“飽きられた博覧会”と“負の遺産”が量産されました。
80年代地方博ブーム、地方振興の熱意、それらそのものは否定すべきものではありません。しかし「何でもいいからイベントを打てば人が来る」という発想の限界と「熟慮のない自由がもたらす弊害」をこれほど分かりやすく示した歴史的事例も少ないと言えるのかもしれません。














