太平洋戦争中に水没し、犠牲者の遺骨が取り残された山口県宇部市の長生炭鉱で、犠牲者の遺骨の収容に向けた潜水調査中に海外のダイバーが死亡した事故を受け、調査を実施していた市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」は8日、会見を開きました。死亡したダイバーは高分圧の酸素を補給したためけいれんを起こし、呼吸具が口から外れて溺水したとみられることがわかりました。水中探検家の伊左治佳孝さんが、機材の記録などから明らかにしました。

この潜水調査は、会が3~11日の予定で行っていました。会によると8日、3人で潜水していて、台湾から来たウェイ・スーさん(57)がけいれんを起こして意識不明となり、病院に運ばれましたが死亡が確認されました。ピーヤ上で作業していた人によると、午前11時半ごろ潜水を始め、およそ30分後に3人のうち1人が戻ってきて「ウェイ・スーさんがけいれんしている」と報告。午後0時10分ごろからピーヤ内の減圧ステーションで心臓マッサージをしましたが、搬送までに意識は戻らなかったということです。また、高分圧の酸素に長時間取り入れると上がるCNSという値が、460%という値を示していたことがわかっていて、30分・水深32メートルの潜水では、明らかに異常値だということです。

伊左治さんは会見で「事実として、診断というわけではないが、Hyperoxia(高酸素症)という高酸素によるけいれんによる溺水であることは、これはもう事実として間違いないと思います」と話しました。けいれんを起こしたのは旧坑道に向かう途中で、水深32メートルとみられます。また、潜水する上で酸素分圧が下がらないといけませんが、最後まで下がった形跡がなかったことも報告されました。水温の低さは関係ないということです。

長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会の井上洋子代表は「このたびは、本当に皆様方にもご迷惑を大変おかけして、尊い命が亡くなられたということは、予期せぬことだったとはいえ、私たちは私たちなりの責任の取り方をどうしていくか、今後まずは考えないといけない。収容の願いが消えることはないと思っているが、それが今後どのような形になるのか、時間をいただきながら検討していきたい」と述べました。

伊左治さんによると、ウェイ・スーさんは台湾でダイビング施設も経営していて、メキシコの探検チームにも参加。また、到着して事前に海に潜るなどの準備はしていて、前日に体調不良はなかったということです。

長生炭鉱は、太平洋戦争中の1942年2月3日に水没し、多くの朝鮮半島出身者を含む183人が犠牲となりました。この件を受けて、8~11日の調査は中止となりました。