◆今夜お母さんとゆっくり話して来い
母だけでなく、名残惜しいのは上新原も同じだ。上新原から宿舎に帰って来た報告を受けた成迫は、すでに隊長に外泊許可をとりつけてくれていた。
<想ひ出 上新原種義(「七氏を偲びて」1951年より)>
「ただ今、面会から帰りました」私は先任下士官に報告した。「お、もう帰ったのか、どうだった。お前は別れがつらくて泣きはしなかったか」「・・・」「あ、そうだ。お前が外泊できる様に隊長から許可を得たからね。今夜お母さんとゆっくり話して来い」「ハッ、ありがとうございました」
私は嬉しさいっぱいで、彼に飛びついて礼を言いたい衝動に駆られた。間もなく夕食が来て私は自分の飯を二つのお握りにした。母と姉に軍隊の飯の味を知ってもらうためにー。外出員整列の号令に私は彼の外出する姿を見て、私の母に逢わしてやろうと思ったから早速、話してみた。
「よし、ゆこう」私たちは連れだって母のいる旅館へ入って行った。「お母さん、私の先任下士官です」母は涙を流さんばかりに喜んで、軍隊生活のいろいろな事を訪ねた。彼は面白く可笑しく話して私等の面会に気を遣ったのか、一時間位で彼は旅館を出て行った。私は彼のお陰で和やかな一夜を夜の更けるのも忘れて母と姉と、故郷を、軍隊生活を語り合ったのだった。
◆好きだった人の面影に似て
ここまでを「思い出」として語り合ったあと、二人は囚われの身としてスガモプリズンの房にいる現実に引き戻された。
<想ひ出 上新原種義(「七氏を偲びて」1951年より)>
遠い世界のような昨今が目前に浮かんでは消えて行く・・・
「俺が好きだった四国の女の人を思い出す時、お前の姉さんをすぐ連想するんだがね」
彼は白壁の一点を見つめながら言った。初恋にも似た淡い思い出を頭の中に画いているのだろうか。
「・・・もう子供が二人もいますよ」
「早いもんだなあ・・・」
彼が好きだった歌に
<春もまだ見ぬ蕾の花になんど悲しい雨が降る
日待ち宵待って女の夢は泪(なみだ)たたえて消えるやら・・・>
彼自身を嘆いて思い出して唄ったのだろうと思うと、目頭が熱くなる想いがする。
















