◆処刑するとき「復讐心は持たなかった」

(検事の反対尋問 幕田の答弁要旨)
自分は斬首する時、復讐心は持たなかった。命令により斬ったのだ。自分により斬られた人がティボ中尉か否かは分からず、上手に切れたのか否か考えてもみなかった。斬首後、傍観者が「よく切った」など言うのを、聞いた記憶はない。
ただ、1週間くらい後で、用で本部に行った時、司令にほめられたが、自分としては上手とも下手とも思っていなかった。
◆「斬りたい」を米軍調査官が強制

米軍機の搭乗員が行っていた無差別爆撃は国際法違反であり、軍律会議にかけて処刑を執行するのは正当な行為だと日本側は主張していた。しかし、石垣島事件では軍律会議を経ずに処刑をしている。米軍がいつ石垣島に上陸するかという緊迫した状況下での判断だったと井上司令が述べている。
処刑前日の空襲で、二人目の米兵を斬首した田口少尉の小隊から3人の死者が出ていたので、その仇討ちという筋書きをダイヤー調査官が作って、それに沿った調書をそれぞれの被告から録っていた。
(検事の反対尋問 幕田の答弁要旨)
検事側提出第18号証には、○○が士官室にいたことは覚えているが、軍律会議に送る話があったか否か覚えぬ。司令に対し、「斬りたい」と言ったという点はダイヤー調査官が強制したもので、真実ではない。司令の言った質問を命令として受け取ったと言う点も同様である。
検事側提出第18号証を署名した時は、○○は同席しない。ばらばらになった紙を相当数、山田通訳が持って来て、署名せよと言ったので、一枚一枚署名した。