『頭部ヲ粉砕セラレ即死ス』子どもの犠牲も記録

米軍機に取り付けられたカメラが捉えた空襲の様子。白煙が上がっている校舎に、さらに機銃掃射を浴びせていきます。同様の映像は複数残されていて、学校も標的となっていたことが分かります。

山梨県南アルプス市の大明小学校。約20年前、市内の戦争遺跡を調べる過程で戦時下の学校日誌が見つかりました。
南アルプス市文化財課 田中大輔 課長
「もともとは校長室の金庫の中に保管されていたんですが。子どもたちが空襲に遭って亡くなってしまった記事が書かれています」

『昭和二十年 七月三十日 晴 午前六時半ヨリ三回二亘リ空襲アリ 爆撃ニ依リ破片ノタメ頭部ヲ粉砕セラレ即死ス』
米軍機が学校の周辺を襲い、3人の子どもたちが亡くなったことが記されていました。そのうちの1人は頭部が粉砕され、即死したといいます。

田中大輔 課長
「少し字が揺れている気もしますよね。先生にとってはショックだったのではないでしょうか。自分の教え子が3人もいっぺんに亡くなってしまう。戦争を体験した方の証言を生で聞くことができない時代になっている。今のうちに(学校日誌の)掘り起こしを行って適切な保存を図っていければとおもいます」
これまで注目されてこなかったという「学校日誌」。高知県の廃校で眠っていたように、新たに日誌が見つかることで戦争の実態が見えてくる可能性もあります。

斉藤利彦 名誉教授
「こんなに大事な資料なのに、見落とされてきてしまった後悔は私にもありますね。中央(政府)の教育政策がどうだったかなど、そういう方向に(研究者は)流れる傾向がありますよね。『そういえば我が校にもあるぞ』と時代に埋もれていた学校日誌がこれからも見つかっていくといいなと」