出征前、夫が見せた涙
1944年7月、ついに夫・二郎さんも召集された。令状が来てから3日で家を出ることになった。近所の人たちが二郎さんの見送りに来てくれた。1階で大勢が待っているのに、夫はなかなか降りてこない。2階に様子を見に行くと、二郎さんは、幼い子ども2人を抱えて大粒の涙をボロボロと流していた。箱石さんも泣きたかったけれど、こらえた。「皆さんがお待ちですよ」とだけ伝えた。

入隊翌日、箱石さんは子どもを預けて1人で二郎さんと面会に行った。夫は「水も飲ませてもらえず喉がカラカラで声が出ない」と訴えた。
喉を潤してあげたいと考えた箱石さんは、再び農家を訪ね歩く。断られ続け、うっすら赤みが出始めたくらいの、ほとんど緑色のトマトを見つけた。「1個でいいから譲ってください」。懇願すると、農家は「いいですよ」と譲ってくれた。二郎さんに届けると「やっと喉が潤ったよ」と、食べごろではないトマトをおいしそうにほおばった。

二郎さんから「子どもの顔を最後にもう一目見たかった」と言われ、箱石さんは胸がいっぱいになって言葉を返せなかった。「夫婦で貯めたお金は全部使ってしまっていいから、子どもを守ってほしい」二郎さんはそう言い残した。