戦後79年 44歳で被爆死した松山出身の俳優・丸山定夫をしのぶ

79年前のきょう、愛媛県松山市出身の俳優が44年の生涯を閉じました。広島で被爆し、終戦の翌日に力尽きたというこの俳優を偲び、松山市で慰霊祭が開かれました。松山市総合コミュニティセンター。その庭にひっそり置かれている胸像の主が、俳優の丸山定夫です。1901年に松山市で生まれた丸山は、東京の築地小劇場の立ち上げに参加し、舞台や映画で活躍。太平洋戦争中は移動演劇隊「桜隊」に参加し活動していました。しかし1945年…
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終戦から79年を迎えた15日、松山市内では、愛媛県内の戦没者を追悼する式典が開かれ、出席した遺族らが戦争の悲惨さと平和の尊さを訴えました。県民文化会館で営まれた15日の式典には、遺族らおよそ800人が出席しました。中では、中村時広知事が「真に平和な国際社会の構築に向け、不断の努力を続けなければならない」と述べた後、遺族を代表し、父が満州で戦死した松野町の山下幸良さんが、戦争の悲惨さと平和の尊さを訴えまし…

259人が犠牲となったとされる松山大空襲から26日で79年です。愛媛県松山市内では追悼式典が営まれ、参列者が犠牲者を偲びました。遺族会などで作る市民団体が主催した26日の追悼式典では、まず、参列したおよそ50人が黙とうを捧げました。(松山市平和祈念実行委・西村利明会長)「過去の惨禍を風化させることなく、次の世に語り継いでいくことが大切だと考えます」1945年7月26日の松山大空襲では、アメリカ軍のB29が市内中心部を…











戦時中、敵の攻撃から軍用機を守るために作られた「掩体壕(えんたいごう)」を8日、愛媛県松山市の小学生が見学し、平和の大切さを学びました。「『忘れないでね』『考えてみてね』 そう問い掛けるために、この掩体壕は保存されている」見学に参加したのは、松山市立味生小学校の6年生約100人です。児童が見学した掩体壕は、敵の攻撃から軍用機を守る目的で、旧日本軍が建設。幅約23メートル、奥行き約12メートルのコ…

19日に始まったG7広島サミット。核保有国を含む各国首脳が、被爆地・広島に集結し、平和公園内の慰霊碑に献花した歴史的な日になりました。8歳で被ばくした男性は、何を思うのでしょうか。「ぴかーっと光った途端に、背中の方に大きな火柱があって、そのまま気を失いました。爆風で吹き飛ばされて気が付いたら家の下敷きでした」愛媛県松山市の菓子メーカーで会長を務める亀井好一(よしかず)さん、86歳。出身地の広島で、8歳の…

5月、G7広島サミットが開かれるのを前に、化学薬品が撒かれるテロを想定した訓練が、愛媛県松山市内のショッピングセンターで行われ、参加者が対応方法などを確認しました。「店舗内に液体のようなものが撒かれて何人か倒れて動けなくなっています」松山市内の商業施設を会場にしたきょうの訓練は、ショッピングセンターに侵入した男が、隠し持っていたペットボトルに穴を開け、化学薬品を撒き、多数の負傷者が出るという想定で…




