被災地の今を見つめる、シリーズ「つなぐ、つながる」です。東日本大震災の記憶や教訓を伝えようと、福島から1000キロ以上離れた愛媛で活動を続ける避難者たちがいます。
福島第一原発事故を受け、福島から愛媛に避難している渡部寛志さん(47)。同じ立場の仲間たちとNPO法人を設立し、記憶や教訓を伝えるため、自身の経験を語ったり、学生を被災地に案内したりする活動を続けています。
福島から愛媛に避難 渡部寛志さん
「月日が流れれば流れるほど、当事者じゃない人たちにとっては自分事として考えることが難しくなってくると思う」
発生から15年、渡部さんは若い世代に現状を伝える動画を制作するため、一緒に活動する学生たちを再び被災地に連れていくことにしました。
愛媛の大学生
「最初は全然興味がなくて、(渡部さんと出会い)実際に避難者っているんだと思ってから震災や災害に興味を持つようになった」
学生たちは撮影を行いながら、岩手や宮城を巡ったのち、渡部さんのふるさと、福島へと向かいました。当時の記録や現状に触れます。
福島第一原発が立地する福島県双葉町も訪れました。NPOのメンバーで、この町から愛媛に避難している澤上幸子さん。今も避難指示が続く自宅に向かいます。
福島から愛媛に避難 澤上幸子さん
「結構、変わっている…何もない」
解体が決まり、家財道具などが全て撤去されていました。
自宅前の田んぼは、家屋の解体などで発生した廃棄物の仮置き場になっていました。
愛媛の大学生
「なんでここが仮置き場に?」
福島から愛媛に避難 澤上幸子さん
「見えない場所だからじゃない?あれがあると、みんな嫌だよね。住民は戻ってこなくなる。これが見える所には戻ってこない。最後の最後、この辺は」
愛媛の大学生
「復興が進んでいるというより“終わらせている感”」
「片付けという感じがする」
そして迎えた3月11日。制作した動画の上映会が開かれました。
「田んぼは廃棄物の保管場所になっていました。もう15年。私は15年も経っているなら、もうすこし未来に進んでいるものだと思っていました」
福島から愛媛に避難 渡部寛志さん
「あの時のことを忘れさせないと、学生たちが始めてくれているのは非常にうれしく感じる3月11日だった」
渡部さんたちは愛媛から、あの日の記憶と教訓をつなぎ続けます。
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