「エンジェルフライト」と「地震のあとで」

倉田 「エンジェルフライト」(NHK)は、BSで一回見て、今回地上波で見返しました。海外のテロで家族を亡くしたエピソードのときなどは、何かいろいろ想像力が働き過ぎて号泣してしまったんです。大切な人を亡くすだけでもつらいのに、遺体が海外にあってすぐには対面もできない。そういう時に遺体を連れ帰るという仕事もあるんだという発見もありました。

田幸 死を描いているけれど、死を描くことは結局生きることを描くことなんだと思いました。脚本もよく練られているいい作品でした。

「地震のあとで」(NHK)は、好みが分かれる作品だとは思うんですが、連ドラで描くことのおもしろさがありました。阪神・淡路大震災の後に書かれた村上春樹さんの作品が原作で、震災後の30年間で、ちょっとずつ現代に近づいていく4話です。

その30年間に日本で起こった災厄を描いて、しかもその災厄が起こった直接の場所ではなく、距離の離れたところの人たちの心の揺れを描いているのが非常におもしろい試みでした。

直接被害を受けたわけじゃない、関係のない、遠くにいると思う人でも影響は受ける。ちょっとずつ揺れがつながっていく。この不安感は日本人だからこそ感じるものだと思います。

地震の多い国に住んでいる我々は、常に足元に不安を感じている面があって、そうでない国の人とは人間性や性質に違ってくるところがあるように思います。どうやっても避けられない、いつ来るかわからないグラグラする揺らぎみたいな不安感をどこか抱えながら生きているように思います。

倉田 ドラマ自体は、村上春樹さん原作ということもあって、スッと入り込める感じではなかったんですが、こういう作品をつくり続ける意味はすごくあると思います。

今期、印象に残った俳優は…

影山 「あんぱん」の河合優実さん。戦地に赴く愛する人との別れのシーン。アップになった彼女の、喜怒哀楽でははかれない表情。本当に河合優実を絶賛したい。

田幸 彼女が出てくると、みんながそこに引きつけられてしまう強さがあって、独特の雰囲気がありますね。もう一人言っておきたいのが今田美桜さん。すごくいいです。

影山 そう思います。

田幸 朝ドラのヒロインは基本的に反戦派が多いんです。でも時代を考えれば、軍国主義教育を受けているわけですから、当然そちらの考え方になる。軍国主義を奉じているヒロインを朝ドラは描いてきませんでした。こういうヒロインは、視聴者に好かれにくいんです。

でもそこから戦争体験を経て、大事な人を失ったりしながら変わっていく。そこをせりふではなく、表情で変化を見せるという、非常に難しい役を今田さんは上手に演じています。このヒロインはもっと評価されていいと思います。

倉田 これも「あんぱん」ですが、北村匠海さんがすごくいい。今さらという感じで申し訳ないですが、戦地での演技に引き込まれますし、飢えに苦しむところも、本当に何か食べさせてあげたいと思うくらいの迫真の演技でした。

影山 妻夫木聡さんとのやりとりで、妻夫木さんがワーッと感情を表に出す最後のシーンがありました。北村さんは受けなんですが、いい受けをするなと思いました。存在感のある俳優さんです。

北村さんはインタビューでも自分の演技はほとんど語らないそうです。作品や全体のことは喜んで語るけれど、自分が前にというところはなくて、それが「あんぱん」の演技全体にも出ているように感じます。

<この座談会は2025年7月3日に行われたものです>

<座談会参加者>

影山 貴彦(かげやま・たかひこ)
同志社女子大学メディア創造学科教授 コラムニスト。
毎日放送(MBS)プロデューサーを経て現職。
朝日放送ラジオ番組審議会委員長。
日本笑い学会理事、ギャラクシー賞テレビ部門委員。
著書に「テレビドラマでわかる平成社会風俗史」、「テレビのゆくえ」など。

田幸 和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経て、フリーランスのライターに。役者など著名人インタビューを雑誌、web媒体で行うほか、『日経XWoman ARIA』での連載ほか、テレビ関連のコラムを執筆。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)、『脚本家・野木亜紀子の時代』(共著/blueprint)など。

倉田 陶子(くらた・とうこ)
2005年、毎日新聞入社。千葉支局、成田支局、東京本社政治部、生活報道部を経て、大阪本社学芸部で放送・映画・音楽を担当。2023年5月から東京本社デジタル編集本部デジタル編成グループ副部長。2024年4月から学芸部芸能担当デスクを務める。

【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。