▼日本維新の会代表 前知事 吉村洋文さん(50)
(吉村洋文氏)
「みなさん、おはようございます。本日、大阪府知事選挙に立候補をいたしました。出直し選挙をいたします。みなさんにまず今回の選挙、反対意見が多いこと、それも分かります。ご迷惑をおかけしていること、そこもお詫びを申し上げます。でもなぜ今回の選挙に挑んだのか、それについてみなさんに話をさせていただきたいと思います。
2011年、15年前です。僕は大阪維新の会に入りました。当時、大阪は大赤字でむちゃくちゃな状態でした。大阪府、大阪市、お金の無駄な使い方をして、財政も悪い、赤字も続く、みなさんの大切な税金がむちゃくちゃな使われ方をしていた。大阪府、大阪市バラバラの二重行政。これはどうなのかということで、大阪市と大阪府を一つにして、そして強力な自治体を作っていこうと、大阪都構想を実現しようということで大阪維新の会が生まれました。大阪を良くしたい。その思いで私はこの維新の会に入りました。
1回目の都構想に挑戦した時、当初は法律も何もありませんでした。何にもないところからのスタートでした。法律を作って、そして大阪を成長させていこう。その思いで橋下市長、また松井知事、僕自身は都構想の設計図を作るという役割で1回目の都構想をやりました。否決になりました。その時にどうするか。当時の橋下さんから『いや、これはもう一度目指そう』ということで、『吉村さん、大阪市長をやってよ』と。『大阪市長目指して』『分かりました』と。僕自身もこの大阪が好きで、大阪を成長させたいという思いでこの維新の会に入りました。政治の世界に入ったんです。
だから当時は負けるとも言われましたが、何もない状況の中で大阪市長選挙に立候補いたしました。そして松井知事と共にこの間歩みました。10年間、私自身も知事・市長をやりました。そして2回目の都構想を目指す。この時に松井さんとタッグでやりましたが、否決になりました。その時私自身も正直心が折れました。もう無理だと、都構想を目指すことはないとそのように言いました。その気持ちに嘘偽りはありません。その時、正直申し上げて政治家を辞めようかという思いもありました。やりきったなという思いもありました。ただこの大阪維新の会の改革を絶やしてはいけないと。松井さんからも『吉村、お前続けてやれ』と。『どうすんだ』『大阪の改革どうすんだ』『維新どうすんだ』と。
私自身もその思いの中で、大阪知事選挙にもう一度立候補し、大阪を良くしたいという思いで、それだけでこの間走ってきました。横山市長と一緒に府市一体成長戦略をやっていこう。高校授業料の無償化をやろう、万博を成功させよう。この3つを公約の柱として掲げました。大阪府と大阪市が一つになれば、強力な自治体になれば、まだまだ大阪は成長できる。僕はそう確信をしています。そしてその確信は横山市長と一緒にやることでより強いものになってきました。
大阪にはまだまだ力があるんです。例えば府と市が一緒にやることで、横山市長とあのうめきたのエリアも都心のど真ん中に大きな緑、これを実現することができました。バラバラだったらできなかったでしょう。その前の大阪、街が汚い、ヘドロの川が流れている、いろんなことを言われてました。地下空間は汚い、いろんなことを言われていましたが、そんなことはない。大阪には力があるんです。維新の会で府と市が協力してやってきたんです。
あのうめきたも去年の秋、横山市長と先行の街びらきをしました。一昨年の秋ですね。街びらきをいたしました。来年春にはあの都心のど真ん中の本物の緑、加えて新たに森や滝ができて完成します。あの下には駅ができて、なにわ筋線という新しい電車が走り出します。2031年です。これも全然進みませんでしたが、府と市が協力することで実現することができました。一緒になったらまだまだ力が発揮できるんです。これを横山市長とやっていくうちに、一度はもう無理だと思った都構想ですが、やはりそれにした方が力が出るんじゃないかと。諦めたらダメなんじゃないかと。そういう思いが強くなってきました。これは正直な思いです。
万博がありました。万博は公約の柱の一つでした。なのでみなさんと一緒に作り上げたいと、10年近く、誘致の時代から考えたら10年近く私自身も準備をしてきました。引退された松井さんも橋下さんもそうです。皆で準備をしてみんなで作ってきました。僕たちだけが作ったのではありません。ここにいらっしゃるみなさんも応援していただいて万博を作り上げてきました。当初は批判も多かったです。こんなもの誘致できんのか、実現できんのかと、夢物語のような話でしたが、でも去年これを実現することができました。多くの人に楽しんでもいただけたと思います。でもこれはやはり大阪府と大阪市がバラバラだったらできなかったと思います。一緒になって一つになってやったからこそできたんです。大阪にはまだまだ力があるとそう思いました。
公約を守るのが、果たすのが僕は政治家の役割だと思ってます。なので万博をやっている最中もこの都構想への思い、府と市が一つになることへの思いを強くなっていきましたが、それはある意味抑えて万博を成功させようと、その思いでやってきました。
公約は3つあったんです。僕が知事選挙に出た時の公約は3つありました、3年前。一つが大阪・関西万博の成功。なのでこれを絶対果たすまではダメだというふうに思っていました。もう一つは高校授業料の完全無償化。大阪公立大学の無償化です。これを言うと税金じゃないかと言うかもしれませんが、違います。増税していません。借金も増やしていません。むしろ財政は改善しています。改革で財源を生み出してやったんです。
大阪に生まれた子供たち、僕らの故郷に生まれた子供たち、どんな家庭環境だったとしても、どういう状況だったとしても自分の目指す方向、自分の夢を叶えられるような、そんな社会を作っていきたいと。100%は無理です。でもちょっとでもそういう社会に近づけていきたい。そういう思いで教育の無償化というのもやりました。この方向性もつけました。今3年生、2年生、今年の春から1年生になります。これは子供たちが大阪に生まれて頑張れるような社会を作れる。そして公約の2つ目の柱でしたからこれを実行いたしました。
そして3つ目の公約の柱が先ほど言ったうめきたや、あの大阪城の東部地区、大阪公立大学、新しくあそこにもできました。随分大阪城も変わってきましたね。街づくりが随分できてきた。なにわ筋線もできる。この府市一体の成長戦略。これが3本目の公約の柱でした。これもほぼ横山さんと一緒にやることでその公約を果たすことができたと思っています。
3年前の公約をほぼ果たすなかで、大阪の未来を考えた時に、そしてその公約を実行していく中で、大阪府と大阪市が一つになって強力な自治体を作っていく。強力な成長、これを実現できるようにする。まだまだ大阪は力があるんだと。そう思うにその思いがどんどん強くなってきました。万博を成功裏に終えることができました。
そしてその後、ここからさらに決定的に思いを強くしたのが連立政権の樹立です。高市さんと連立政権を組むという判断をいたしました。そしてそこの連立合意、これはこの後の解散総選挙で審判されることになります。その連立合意をする中で、東京一極だけじゃダメだと。もう一つの軸が必要じゃないかと。一本足打法だけではダメだ。30年間振り返ってみてどうですかと。日本が成長してない。もう一つの軸を作ろうじゃないかと。首都圏にもし何かあった時にはそれをバックアップできるようなそんなエリアを作ろうじゃないかと。一つじゃなくて二つで、ツインエンジンで日本を引っ張っていこうじゃないかと。副首都と言われるものが必要じゃないか。そういうことを高市さんにも話をしました。高市さんもそうだ、それは賛成だとおっしゃいました。だから連立合意の中に副首都の法案をこの通常国会でやるということを盛り込んで合意をしたんです。
みなさん、これはもう国で目指す方向性にもなっています。そうなんです。大阪が果たす役割は大阪だけじゃないんです。大阪も日本の一部です。大阪が強くなることで、日本において重要な役割を果たすことで、関西が強くなり、日本が強くなるんです。そのためには土台として大阪都構想が僕は必要だと思うんです。
みなさん、大阪が果たす役割を考えた時、まさにこの副首都を国として目指していく。ならば、これは大阪がやらなきゃいけない、そう思ったんです。これから解散総選挙がこの後始まります。副首都の議論も進むでしょう。その時に選挙においてみなさんの声を聞く機会があるのであれば、都構想についてもう一度挑戦させてください。もう一度設計図を作らせてください。それを訴えるべきだと思ったんです。
確かにわがままだと言われるかもしれません。でもこれは自分のわがままじゃないんです。大阪を良くしたいんです。その思いで今回辞職をし、みなさんに審判を仰ぐ、その判断をいたしました。これから選挙戦が始まる中で、丁寧に気持ちを、思いを、そしてその制度を訴えていかなければならないとそう思っています。
総選挙で副首都法案が審議されるのであれば、その副首都にふさわしい街はどうなのか。副首都は大阪市なんですか?副首都は大阪府なんですか?違います。大阪都なんですよ。都構想をやって大阪府と大阪市が一つになって副首都を目指せばいいんです。大阪にはその力があるんです。僕は確信してます。10年間、知事・市長をやりました。府と市が力を合わせれば絶対に大阪はもっと成長する。
僕も大阪で生まれ育ちました。みなさんもそうだと思います。僕も子供がいます。孫まではいませんが子供がいます。みなさんにとっても子や孫がいると思います。僕たちだけの時代じゃない。これからの大阪に生まれてくる子や孫が、この大阪に生まれて、関西に生まれて、ああここに生まれてよかったなと、ここで自分の夢を叶えられるんだなと、東京にも行く必要ないよねと。学ぶところがあり、仕事があり、そして豊かな社会がある、強い大阪がある、住みやすい大阪がある。
それを実現するためにも、今回副首都の議論が国でされるんであれば、それに合わせて府と市が一つになって前を向いて進んでいく、そんな未来社会をみなさんと一緒に作っていきたいんです。
もちろんこれは選挙でありまして、都構想というのは選挙では決まりません。法律で決まっているんです。住民投票で最後は決まるんです。だからみなさんに都構想の賛否をお願いするものではありません。これは住民投票でもありません。何なのか。都構想の、副首都を目指す上でその設計図を作らせてください。そこに挑戦させてください。第一歩を踏み出させてください。これが今回の選挙なんです。
みなさんからダメだと言われれば、公約に掲げてダメだと言われれば、それは難しいかもしれませんが、みなさんから後押しをいただければ、たどり着けるかどうかは分かりません。でも僕は絶対その先に大阪の未来があると思っているんです。まず第一歩を踏み出させてもらいたいんです。
ぜひみなさん、今回これから選挙が始まります。一生懸命訴えていきたいと思います。大阪が好きで僕はこの世界に入りました。民間人からこの世界に入りました。お金でもありません。権力でも何でもありません。大阪を良くしたいという思いだけでここまでやってきたんです。10年間、知事・市長をやりました。確かに選挙はしんどかったです。最初の大阪市長選挙も無名で受かるかわからなかった。でもやりました。松井さんとやったダブルクロス選挙の時も、こんなの民主主義の冒涜だと言われました。でも都構想やるんだったらやりましょうというので、市長から知事にクロスするという、2つエンジンでやりましょうと松井さんにも言いました。
これが僕の政治人生なんです。ぜひみなさん、大阪を良くする、前へ進める、この思いだけでやってきました。大阪には絶対力がある。その装置を、その手段をしっかりと作り上げたい。府と市が一つになれば大阪はもっと成長することができます。この設計図作り、第一歩を踏み出させていただきたいと思いますので、よろしくお願いを申し上げます」














