(石田寿恵さん)「紫原団地、伊敷団地もできて、団地があちこちできる時代だったので、期待感はありました」
城山団地に住む石田寿恵さん(83)です。造成前は、草牟田地区に夫の美則さんと2人の子どもと暮らしていましたが、子どもの進学をきっかけに昭和46年に城山団地に家を建てました。

(石田寿恵さん)「一番長く住んだのが城山団地。ふるさとは城山団地なのかね。子育てもしたし、町内会でいろんな人たちとお付き合い合いして、自分が育ててもらって、やっぱりいいところだったなと思った。幸せな50年じゃなかったですか」

高度経済成長期の「憧れ」だった庭つきの1戸建てを求め、子育て世代の30代を中心に団地への移住が加速。団地造成の7割が集中した昭和40年から55年にかけて、鹿児島市の人口も右肩上がりで増加しました。