人気格差を均質化する仕組みとしてのランダム商法

ランダム商法が広く採用されている背景には、キャラクター人気の偏りという構造的な問題もある。アニメやゲーム作品では、人気キャラクターとそうではないキャラクターの需要差が大きく、すべての商品を選択制で販売した場合、人気キャラクターに注文が集中する一方で、不人気キャラクターの商品は在庫として残りやすい。企業側にとっては、生産数の調整や需要予測が難しく、収益リスクも高まる。

そのため、ランダム販売は、人気の有無にかかわらず全キャラクターの商品を均等に流通させやすい仕組みとして機能してきた側面がある。特に、マイナーキャラクターや登場頻度の少ないキャラクターにとっては、ランダム形式であることで初めて商品化の機会が生まれるケースも少なくない。ファンの間でも、「ランダムだからこそ全員分の商品が作られる」という認識は一定程度共有されている。

特に、実在するアイドルやタレントにおいては、人気格差が“売上”という形で可視化されることへの負担は大きい。もし完全選択制で販売された場合、人気メンバーの商品だけが早期完売し、それ以外が売れ残る状況が生まれやすくなる。ファンにとっても、そうした人気差が明確に数字や在庫状況として現れることは複雑な感情につながる。アイドルファンは、SNSの反応数やグッズ列、イベント待遇など、さまざまな場面で人気格差を意識せざるを得ない状況に置かれている。その上で、グッズ販売の場面でも差が露骨に可視化されることは、ファンだけでなく、本人たちにとっても精神的な負担になり得る。

この「マイナーキャラクターでも商品化しやすい」「人気メンバーとの格差が露呈しにくい」という点は、ファン側がランダム商品という仕組みにある種“目をつぶってきた”理由でもある。もし完全選択制にすれば、人気キャラクターの商品だけが集中して作られ、需要の少ないキャラクターはそもそも商品化されなくなる可能性が高い。そう考えると、「自分の推しがもし不人気側だったら」「推しの商品がそもそも出なくなったら」と想像し、他のファンの存在も含めて、ランダム販売をある程度受け入れてきた空気感が存在していた。そこには、「自分の推しだけが良ければいい」という論理ではなく、作品全体やファンダム全体を維持するための“慈悲”や相互扶助的な感覚も含まれていたのである。

しかし現在では、その“許容”だけでは支えきれないほど、ランダム商品の価格帯は高騰している。定番だったブロマイドやステッカーなど比較的低価格だったラインナップに、近年では、アクリルスタンドやフィギュアなど、本来単価の高い商品までランダム販売化されるケースが増えている。1個2000~3000円するアクリルスタンドが、中身の見えない状態で販売されることも珍しくなくなった。特にライブやイベント会場限定グッズの場合、「ここで買わなければ二度と手に入らないかもしれない」という限定性が消費を強く後押しする。加えて、会場特有の高揚感や慌ただしい空気感のなかでは、冷静に出費を判断することも難しい。周囲のファンが大量購入している様子を見れば、自分も買わなければという心理が働きやすい。

その結果、買えるだけ買ったブラインド商品を開封したにもかかわらず、一つも推しが出なかった場合、手元に残るのは「不要なものに高額なお金を使ってしまった」という徒労感だけになる。かつては「運試し」として許容されていたランダム性も、単価の高騰によって、現在では“外した時のダメージ”そのものが大きくなっているのである。

問題なのは、単にランダムであることではない。何千円、場合によっては数万円単位のお金を使ったにもかかわらず、自分が特に好きではないメンバーやキャラクターのグッズだけが手元に残ってしまう、しかもそれが大量に発生し得るという点に、現在のランダム商法のしんどさがあるのである。そこには、もはやランダム商品本来の「何が出るかわからない」というワクワク感は存在しない。あるのは、「無駄にお金を使わされているかもしれない」「欲しいものが手に入る保証がない」という不安とストレスだけである。

それでなくさえ、推し活はチケット代、交通費、宿泊費、グッズ代など費用が掛かるのに、単価が高額化した現在のランダム商法では、“運試し”として楽しめる範囲を超え、「推しを手に入れるために不要なものを大量に購入させられる」という感覚が強まりやすい。その結果、消費体験そのものが高揚感ではなく、徒労感や疲弊感へと変化しているのである。

近年では、受注販売という手法も広く普及している。あらかじめ注文数を集めてから生産することで、従来であれば需要予測の難しかったキャラクターやメンバーの商品も展開しやすくなっている。つまり、これまでランダム商法が担ってきた「人気の低いキャラクターにも商品化の機会を与える」という役割は、必ずしもランダム形式でなければ実現できないものではなくなりつつある。

そのため、かつてはランダム商法を正当化する理由の一つとして機能していた、「全員を商品化するためには必要な仕組み」という“免罪符”も、以前ほど強くは成立しなくなっている。消費者側もまた、受注販売や選択購入といった代替手段が存在することを知っている。だからこそ現在では、「なぜあえてランダムで売る必要があるのか」という視線が、以前よりも強く向けられるようになっているのである。