(2)米国の経験
①移民政策の変遷
米国は、移民によって建国された国であり、元来外国人を移民として受け入れてきた。しかしながら外国人が増加する中、1880 年代以降は、徐々に選択的・制限的な受け入れに転じた。現行の移民関係法の基礎となっているのは、1952 年制定の移民法及び国籍法で、従来からの出身国別割り当てを維持しつつ、職業能力などで優先順位を設定しビザを割り当てる制度とした。1965 年の移民法改正では、合法移民を中心とした諸政策を規定し、移民により離散した家族の呼び寄せ枠と、特定の職能を持つ人を採用する雇用枠を基本的な枠組みとした。
その後、1986 年の移民法改正では、国境管理の強化などによって新規の移民は極力抑制する一方で、既に米国に在住している非合法移民については、一定の条件のもとで、合法的地位を与えた。これによって移民問題解決が図られたが、結果的に、多くの移民が母国から家族を呼び寄せ、移民人口の大幅な増加が続いた。
1990 年代に入ると、景気後退が重なったこともあり、外国人労働者に職を奪われる不安や、外国人の福祉ただ乗りへの不満から、移民に対する福祉制限や国境警備厳格化の方針が打ち出された。
その後、2001 年の同時多発テロの発生によって米国では移民に対する一段と反発が強くなった。ブッシュ政権下(2001~08 年)では、出入国管理の強化、不法移民の一斉検挙といった強硬な政策が行われた。続くオバマ政権下でも、この方針は受け継がれ、大規模強制送還といった政策が続けられる一方で、既に米国に居住している外国人については権利拡大も行われた。
トランプ政権になると、これまでの移民の権利の段階的拡大方針を全面的に転換したほか、国境の壁建設の強化、ムスリム諸国からの入国停止、難民受け入れ数の半減など、強硬策を進めた。
バイデン政権においては、トランプ政権の反動やパンデミックの終息で移民が急増することを見越して、ハリス副大統領に移民対策を担当させたが、米国内での対立は深く、目立った成果は上げられなかった。実際、バイデン政権においては、CBP-1 というスマホによる移民申請システムを導入したが、この狙いは、リモート申請とすることにより、「国境に殺到する庇護申請者」というイメージを払拭するという、移民問題の不可視化、いわば、「見えない化」を狙ったものであり、抜本解決にはほど遠いものであった。
このように、米国では、移民政策が左右にジグザグに進むもとで、深刻化しているのが混合身分家族問題である。非合法移民であっても米国出生の子供たちには市民権が与えられることもあって、家族の中に市民、合法移民、短期滞在者、非合法移民が混在し、一たび検挙されれば、家族離散となる問題である。人道的な観点からは一家が米国内にとどまれるようにすべきという意見があるものの、移民が増えることへの反発も強く、米国の分断の要因の一つとなっている。

②移民問題を巡る分断
米国では、2000 年代までは、リベラルな民主党が移民を積極的に受け入れる一方、保守的な共和党支持者の中にも、外国人労働力の確保を望む向きがあり、両党に妥協できる余地が存在した。しかし、トランプ政権は、格差社会、財政赤字、治安問題等が深刻化するなか、人々の不満を扇動し、問題を先鋭化させ、外国人労働者がそのスケープゴートにされる格好となった。それによって国内の分断はさらに深まり、民主党と共和党の溝も深くなった。
また、米国には不法移民であっても各種権利を認めるなど、不法移民に寛容な聖域都市と呼ばれる州や都市がある。ニューヨーク市等がそれにあたるが、2022 年春には、テキサス州等の不法移民に対して厳しい措置をとる州から多くの移民が聖域都市にバスで送り込まれた。こうしたことも米国の分断を生み出している。
今回の大統領選においても移民問題は大きな論点となった。トランプ氏が勝利を収めたが、選挙戦通じて移民の強制送還に言及しており、移民に対して厳しい対応を取ると予想される。もっとも、米国経済は高度技術者だけでなく、エッセンシャルワーカーも移民に大きく依存しており、移民受け入れの全面停止や大規模強制送還は経済を混乱させるリスクがある。経済成長を取るか、不満を募らせる米国の世論をとるか、トランプ政権は非常に難しい選択に迫られる
(3)欧米の経験のまとめ
以上を踏まえると、米国と欧州は同じような経路をたどってきたことが分かる。具体的には、当初は、人手不足等を理由に外国人労働者を積極的に受け入れてきたが、国内で受け入れ態勢が十分に整備されていないうちに大量に受け入れた結果、景気悪化等を契機に外国人労働者への反発が強くなった。当初は期間限定で受け入れたとしても、人道的な要因や外国人労働者が家族を呼び寄せる結果、いわば「なし崩し的に」永住していくようになる。そして、自国民が様々な不満を募らせるなか、外国人労働者が人々の不満のスケープゴートとなる。その結果、極右的な動きが加速し、国民の分断が加速する要因となる。そして右派と左派で政権交代のたびに場当たり的な対応を繰り返した結果、問題は深刻化していく。その結果、足元では、オープンな外国人受け入れ策を失敗とみなすようになり、多くの国では移民の受け入れを制限する方向へ転換している。具体的には、不法移民の取り締まり強化や、高技能者に限定する「選択的な移民の受け入れ」が進むようになった。
さらに難民問題が深刻化してきている。一般の移民と難民の区別が難しくなるなか、これを逆手にとって、一部の国が難民を外交上の圧力の道具とする「難民の武器化」という、新たな安全保障問題にも欧州等は悩まされる状況になっている。