欧米の経験
前述の通り、欧米諸国は移民について限定的・抑制的な対応を取り始めているが、そこには理論的な面だけでなく、歴史的な経緯も大きな影響を与えている。ここでは欧米の経験を概観したい。
(1) 欧州の経験
①第二次世界大戦後から欧州難民危機までの経験
EU 諸国は、第二次世界大戦の復興期に人手不足に直面したこともあり、外国人労働者の受け入れに積極的であった。一方で当初は経済的な移民について、期間限定とすることを意図していた。例えば、ドイツにおいては、1960 年代にトルコなどから期間限定で外国人労働者を受け入れる政策であり、一定期間働いたら祖国に帰し、他の労働者を採用する制度(ローテーション原則)が取られていたが、一度経験を積んだ労働者を企業側も離さず、結果的にそのまま定住し、家族を祖国からドイツに呼び寄せるようになった(ローテーション原則は 1973 年に終了)。また、難民についても、東西冷戦下で共産圏からの亡命者を受け入れ、一時的に匿い、その後母国に帰国させたという難民対応の歴史がある。その後、迫害や粛清を恐れ母国への帰還を望まない亡命者は恒久的に受け入れた。
しかし、1970 年代以降、オイルショック等を契機に欧州の経済情勢が悪化し、失業率が急上昇するなかでは、外国人労働力へのニーズが低下した。さらに、文化や宗教が異なる国々から多くの移民や難民を受け入れた結果、社会統合に困難が生じるようになったことなどから、フランスやドイツなどでは一転して移民の帰国奨励策が取られたものの、いったん定着した移民の帰国は進まなかった。また、一定の条件の下で家族を呼び寄せる権利を与えられていることから、受入れ制限後も移民は増え続けた。このため各国は移民受け入れの抑制に舵を切っていく。それに合わせ、国境の入国管理、滞在許可などの管理の仕組みが導入されていった。
その一方で、高度人材や労働力不足の分野への労働者の受け入れには積極的で、2009 年に欧州理事会によって導入された EU ブルーカードは、通常の労働者ではなく専門家にのみ付与されるが、これは EU 内において、知識レベルを高め、頭脳流出による空白を埋めることができる人材を引き付けることを目的としている。
2010 年代に入り、シリア内戦の激化を背景に、2015~16 年に、シリアや北アフリカから年間 100万人もの大量の難民が欧州に押し寄せ、欧州難民危機が発生した。2021 年にはベラルーシのルカシェンコ大統領はアフガニスタンやシリアの難民をあえて自国に受け入れて EU に送り込み、EU 側を混乱させていた。人道を看板にしている西側諸国の体面を悪用した外交戦術であり、昨今、こうした動きを、国際政治学者等は「難民の武器化」として新たな安全保障問題としている。
2023 年にも同様の事態が発生し、難民申請をした人々の数が 2015~16 年の危機以来の 100 万人を突破した。また、EU域外からの難民以外も含む移民の流入数は、23 年について、ウクライナからの避難民も加えると、700 万人に達した。経済的な理由とした移民と難民の差が分かりにくくなっていることも欧州が外国人労働者受け入れを選別的にしている理由として指摘できる。
②社会の反発と右派勢力の台頭
欧州への移民や難民の流入増加によって、人々の間に雇用を奪われることや治安が悪化することに対する懸念が強まっている。また、移民の増加が激しい小国では、人口構造が不可逆的に変化し、国の骨格が変わってしまうという危機感も生まれている。また、欧州各国では多文化共生に尽力したが、ドイツ語を話せない移民やその二世等が多く存在し、例えばドイツでは、失業率、学校の中退率などがドイツ人の二倍近くなることが長期化した。こうしたなか、ドイツのメルケル首相が2004 年と 2010 年に「多文化主義は失敗した」と発言したように、総じてみればうまくいっているとは言えない状況にある。
こうした不安、不満、懸念を背景に、各国で極右政党が台頭している。歴史的経緯から極右への警戒感が強いドイツ、スペイン、ポルトガルや、移民に寛容な北欧諸国などにも右傾化は広がっており、各国の政権運営に大きな影響を与えつつある。
また、欧州議会でも同様の傾向がみられ、右派ポピュリズム勢力が台頭している。今年 6 月の欧州議会選挙では前回の選挙と同様に、欧州統合推進派の政党が過半数を制したものの、前回選挙で急伸した統合反対派の右派ポピュリズム勢力も安定した支持を得ていることが示された。
③厳格化する移民受け入れ
欧州難民危機や国内の政治情勢の変化を受けて、欧州はこれまでよりも外国人労働者受け入れを制限する方向にある。前述のように、EU 外からは高度人材に限定する傾向を強めるほか、中・低技能は EU 外は極力減らし、EU 内の旧東欧の労働者をターゲットにする方向にシフトしている。また、現地語力の欠如している外国人を招いた反省から、ドイツやフランスでは、中長期滞在が予定される外国人に対して、数百時間の現地語の授業を保証するようになっている。また、難民についても姿勢に変化がみられる。2024 年 6 月に EU で成立した新協定では、難民の庇護申請を受け付けないとする対象国を数十カ国リストアップした。これらには不法な入国のほか、深刻な民族差別や迫害といったことが過去数年発生していない国、経済的な目的で EU に入国している者が属する国が含まれる。このように、EU は本来の難民とは異なる状態の移民に対しては、難民としての受入れを拒絶する姿勢を明確化させている。日本では、特定の国に対して申請自体を受けつけないといったことはなく、EU は日本よりも難民に対して厳格な対応を行っているともいえる。また、英国は、不法移民をアフリカのルワンダに強制移住させる法案を 2024 年 4 月に可決させているが、英国はルワンダに経済援助を行い、二国間協定を結んだ上で不法難民を送るようにしている。北欧諸国では、外国人労働者の滞在許可取得の最低賃金を大幅に引き上げるなど、受け入れ条件を厳格化し、選択的移民政策の色彩を強めている。
移民問題は様々な要素が複雑に絡む国際的な課題であり、受入国である EU だけで解決することはできない問題であるとの認識が高まっており、移民送出国、通過国との連携も模索するようになってきている。