自民党総裁選は10月初にも行われそうだ。すでに1年前の総裁選に出馬した面々が名乗りを上げそうな気配をみせている。
果たして彼らは有意義な成長戦略を提示してくれるだろうか。
野党は分配一辺倒であまり好感できない。石破首相を交代させただけで、1年前と同じような経過を辿るのでは非常に残念だと感じる。
敗因分析
石破首相が辞任を表明し、近々、次の自民党総裁を選ぶ選挙が行われる見通しである。
現在、広く党員投票を伴う「フルスペック型」で、10月4日に総裁選挙を行うとの見方を聞く。
自民党総裁選は、昨年9月に実施されて1年ぶりになるが、前は具体的な政策論争が手薄だった印象があった。自民党の劣勢は、主要な経済政策のアイデアの乏しさに表れている。
秋の衆議院選挙では、国民民主党が「年収の壁」をメインに政策要求を推し進めて主導権を握った。自民党の劣勢はそうした政策論争で十分に戦えなかったことの裏返しとして起こったと感じられる。
7月の参議院選挙は、野党が消費税減税などを軸に与党を揺さぶり、自民党からは1人2万円の給付が対案として提示された。これも与党は後追い感が強かった。
石破首相の辞任は、2つの国政選挙の責任を取らされたかたちとされるが、2つの選挙敗北の原因は野党に対して対立軸になるような強力な政策案がなかったことが一因だろう。
「国難」と呼ばれるトランプ関税への対策についても、輸出企業には直接的な財政・税制上の支援はなく、政府は中小企業向けの窓口開設とそこでの金融支援の斡旋に止まる。
こうしたアイデアの乏しさは、エコノミストから見て深刻だと思う。
筆者は、昨年の総裁選で石破首相が選ばれたとき、同氏ならば地方創生のアイデアが泉のように湧き出してくるに違いないと想像した。残念ながら、そうではなかった。
その前の岸田前首相の時期から今の石破首相にかけて、与党から強力な経済成長戦略は打ち出されていない。これが、今に至る与党劣勢の根本原因だと考えられる。
もしも、ポスト石破が昨秋の総裁選から新しい成長戦略のアイデアをもたずに次の首相に就任するのならば、それでは石破首相を交代させただけで、野党に対して劣勢を強いられて、また同じような経過を辿るのではないかと危惧する。
この1年の野党の主張をつぶさに振り返ると、野党各党もまた成長戦略については一番の苦手科目であった気がする。
野党が前面に出しているガソリン暫定税率廃止、食料品の消費税減税、教育無償化のいずれもが分配政策だ。
ガソリン税の軽減は、CO2排出増加に完全に目をつむり、地方の人々への恩恵を重視するものだ。猛暑の原因は、地球温暖化ではないとでも言うつもりなのか。
野党は、財政的な分配政策ばかりを強調するが、問題の本質は日本の成長率低下によって国民が総じて貧しくなっていることにある。
成長戦略のアイデアを真剣に練らなくては、国民の期待に応えられない。与党も野党も、成長戦略の手薄さに関しては同じようなところがある。
自民党総裁選
10月初に予定される自民党総裁選挙では、昨年と似た顔ぶれが出馬すると報じられている。参政党など右派が支持を伸ばしたので、自民党の候補者も日本人ファーストや、外交姿勢を強調しようとする人が出馬すると語られる。しかし、筆者の見方は異なる。
前述のように、いずれ成長戦略の具体性が候補者選びの「肝(キモ)」になると考える。トランプ関税は15%に落ち着いたが、それで日本企業が容易に苦難を乗り越えられるという訳ではない。総裁候補を名乗るのであれば、是非、成長戦略を大きく旗印に掲げて欲しい。
おそらく、新首相は少数与党の立場でしばらくは野党と対峙していかざるを得ない。その後、どこかで解散総選挙が行われて、与野党は政策論争を演じる場面が訪れる。
次のリーダーはそれも見越して、次に予想される国政選挙で勝利できるような戦略性を備えることが求められる。
きっと国民民主党の玉木雄一郎代表は、先々の国政選挙を見据えて、対立軸になりそうなアイデアを懐に忍ばせていることだろう。
自民党は、野党との対決でも通用するような成長戦略を複数用意していく必要に迫られていると思う。
14の私案、成長ためのアイデア
与党にも野党にも、骨太の成長戦略が必要だというのが筆者の主張である。
そこで、一方的に言うだけではなく、今、国政レベルで求められている成長戦略の中身は、どんなものが挙げられるだろうか。以下では、具体的にその中身を論じたい。
まず、人工知能(AI)chatGPTに、「自民党の成長戦略として相応しいテーマは何か?」と質問してみた。すると、6つの主要項目について回答が得られた。
その内容は、ネットのコンテンツの寄せ集めではあるが、筆者がみてもそれほど的外れな項目設定ではなく、かなりまともで「良い線を行っている」というレベルであった。具体的には、
(1)人口減少・労働力不足への対応
(2)生産性とイノべーション
(3)地方経済の底上げ
(4)グリーン成長戦略
(5)金融・資本市場改革
(6)国際戦略
という骨子である。chatGPTのコメントには「自民党は保守政党なので、大胆な規制緩和や市場原理主義一辺倒ではなく、社会保障の安定、地方重視、安定的な財政運営、と組み合わせることが相応しい成長戦略と言える」とあった。
こうした回答は、経済政策を常に見ているエコノミストではなく、普通にchatGPTを使える国会議員であれば、誰でも答えが導けるものである。
次に、上記の6項目について、AIではなく、筆者自身が考えている14の政策アイデアを述べておこう。
これは、「もしも自分が提言できるとすれば、こんな内容を提示する」という仮想政策案である。
(1)人口減少・労働力不足への対応
▽シニア労働の制約をなくすために在職老齢年金を廃止。
▽解雇を伴わない労働移動を、在籍型出向の拡大で促進。50万人の労働移動の実現を目指す。
▽AI活用で省人化した事例を横展開。余剰人員を補助金付きの在籍型出向で移動させる。
(2)生産性とイノべーション
▽AI活用で新事業を立ち上げる事例を広く紹介。成功した事業者にコンサルを依頼し、金融機関のバックアップを付ける。
▽海外から業務請負する国内SOHOを急増させる。円安の中で海外からの購買力を吸収。
(3)地方経済の底上げ
▽インバウンド消費2倍増、17兆円を2030年までに。訪日客過疎地の都道府県に訪日客を誘導。
▽農林水産物輸出を10兆円に格上げ。コメ、野菜、牛肉、水産物をさらに輸出に振り向ける。
▽TSMCに続け。韓国、台湾、EUのテクノロジー企業を地方に誘致。
(4)グリーン成長戦略
▽地球温暖化対策を大規模拡充。地方自治体・市町村別にCO2収支カルテを発表。
▽DAC法の大規模展開。その技術を海外にも売る。
(5)金融・資本市場改革
▽企業の内部留保に説明責任を求める。キャッシュリッチ企業には投資計画を求める。
▽家計の利子・配当所得2024年度約15兆円から2030年30兆円に倍増を目指す。1994年28兆円程度に戻す。
(6)国際戦略
▽中堅・中小企業の輸出拡大。両者の輸出額は2024年度17兆円、3倍増50兆円を目指す。
▽越境EC(米中向け)は2024年約4.2兆円から2030年10兆円に拡大。
筆者がみるところ、上記14(▽の数)の成長戦略はその1つ1つが相応の潜在力を持っていると考える。
1番目の在職老齢年金廃止を例にとっても、該当する約50万人のシニア労働者が労働供給を増やせば、一定のGDPの押し上げ効果がある。
仮に彼らが1人100万円を追加的に稼げば、5,000億円の名目GDPが増える計算だ。年金収支は在職老齢年金によって▲4,500億円が節約されている。廃止による経済効果は、それ以上になることもあろう。
なぜ、それを実行しないかと言えば、既存の秩序を重んじる担当者や専門家がいるからだろう。
与党の成長戦略は、そうした秩序に雁字搦めになった部分を是正するという意味もある。そうした部分に目が行かなくなったことが、自民党への支持を弱めているのではないか。
野党も分配一辺倒で与党を揺さぶるのではなく、もっと建設的な成長戦略をぶつけることで、長く続いた経済政策の閉塞感を打破してほしい。
※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生