Q.マツタケの生育に必要な条件は?
「やっぱり適度な雨、温度、きちんとした山の管理ですね」
今から35年ほど前、昭和の時代は、鳥取県内でも地元産のマツタケがそれなりに採れていたといいます。
米子青果 植田睦彦参事
Q.かつては地物も沢山採れていた?
「はい、出てましたよ。その頃はどうかするとシイタケよりも安い価格みたいな形もあった」
鳥取県産のマツタケの生産量は、1955年(昭和30年)に10トンだったのが、1985年(昭和60年)には4トンに。その後、1997年(平成9年)の1トンを最後に、生産量は1トン未満となり、去年(令和4年)は100キロにまで減少しました。
また、島根県でも、1985年(昭和60年)におよそ6トンだったのが、1991年(平成3年)の1.7トンを最後に、1トン未満に激減しています。

全国の生産量も、1960年(昭和30年)には3500トンあったのが、去年(令和4年)はその100分の1まで減少しました。
森林総合研究所 きのこ・森林微生物研究領域 村田仁さん
「今までの統計グラフを見ても明らかに減っているのは事実ですし、低いところで耐えてるのが事実ですから、やっぱり危機感はありますね。やっぱりピンチだなという気はします」
もはや国産マツタケは消滅の危機と言っても過言ではない状況です。