囚人となった「明治の薩摩武士」炎の中で示した「ラストサムライの矜持」
明治10年の西南戦争で敗れ、政府に刃を向けた「国事犯」として全国の監獄に送られた薩摩武士たち。
宮城県には305人が収監され、そのうち13人が獄中で亡くなり、7人の墓が東北・仙台の寺に残っている。
本記事は前・後編の後編。前編 「明治のラストサムライ」305人、東北に残した足跡 囚人として、武士として生きた薩摩の男たち では、西南戦争の激戦地で戦い、異郷に散った「七士」の人生をたどった。
戊辰戦争では「官軍」として東北を攻めた薩軍は、西南戦争では逆に「賊軍」として討たれ、東北で囚人となっていた。
だが、彼らを「哀れな敗者」として見た人ばかりではなかった。
彼らが東北の人々の心を強く動かした「ある出来事」があった。














