五十嵐は、10億円の預け先は当然東京都内だろうと推測して、山本の立会事務官に「これからYさん(長男)に案内してもらうから、宿直に電話して車の手配をしてください」と命じた。
すると長男が突然声を上げた。
「待ってください。実は、車で行ける場所ではないのです。山梨県の親戚Mに預けました。この人は事情を知らずに預かってもらっただけですので、よろしくお願いします」
預け先は東京ではなく山梨だったのだ。

1993.3.8 港区元麻布の金丸邸の家宅捜索

◆「現金10億円」は山梨から石川へ

特捜部は、事件の裏付け捜査のために、既に川崎和彦検事(29期)を金丸の地元である甲府地検に派遣していた。
そこで、五十嵐はすぐに川崎と連絡を取り、川崎を山梨の金丸の親戚M宅に向かわせる。

ところが、川崎がその親戚Mから事情を聴いたところ、親戚Mは予想外のことを口にする。
「確かに段ボール4箱を金丸の長男の依頼で預かったが、金丸さんが3月6日に逮捕されたことをニュースで知り、このまま預かっていては自分にも災難が及ぶかもしれないと不安になり、2日後の3月8日、車で金沢市内の親戚Iの家に運んで預かってもらった」と打ち明けた。 

つまり親戚Mは持っているのが怖くなり、金沢の親戚Iに渡したという。預け先の親戚Iの住所と名前も素直に話した。
金丸の長男は、東京から山梨の親戚Mに預ける際に「段ボールの中身は書類が入っているとウソを言って預かってもらった」と親戚を庇うような供述していたが、やはり親戚Mは中身が現金だと認識していたのだ。

「現金10億円」は重さ約100キロだ。段ボール4箱に詰められた100キロの生々しい現金が、遠路はるばる、東京の「元麻布」から「山梨」、そして木曽山脈、飛騨の山を超えて「金沢」へとひそかに隠し場所を変えていたのだ。(つづく

山梨県白根町にあった金丸邸(現・南アルプス市)

TBSテレビ情報制作局兼報道局
「THE TIME,」プロデューサー
 岩花 光

▪️参考文献
村山治「特捜検察vs金融権力」朝日新聞社、2007年
神一行「金丸信という男の政治力」大陸書房、1990年
立石勝規「東京国税局査察部」岩波新書、1999年

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