金丸脱税事件の連載が第10回目となった本稿では、締めくくりとして捜査全般の総指揮を執った元東京地検特捜部長・五十嵐紀男弁護士に、今だから明かせる秘話を聞いた。
指揮官はあのときどう感じ、何を思っていたのか・・・・
前年のどん底から、起死回生となる脱税容疑での摘発、一連の金丸事件がもたらした社会的意義、摘発価値とは何だったのか。

<全10回( #1 / #2 / #3 / #4 / #5 / #6 / #7 / #8 / #9 )のうち第10回、敬称略>

ペンキ投げつけた男のその後

ーーー金丸元副総裁を「事情聴取」をせずに「罰金処分」したことに、怒りを爆発させた男が検察庁の石碑にペンキを投げつけました。この男と数年後になにか巡り合わせがあったとか。

五十嵐元特捜部長 : 事件から4年後の1997年6月、千葉地検に検事正として赴任しました。そんなある日、小さな新聞記事が目にとまりました。

検察庁の看板の石碑にペンキを投げつけた、あの男が、それを「最大の売り」にして、地元の千葉県選挙区から衆議院議員選挙に立候補していることを知りました。これにはおどろきました。

男は事件当時、特捜部が金丸元副総裁を「略式処分」したことに対して「国民の怒りを代弁」した正義の人であるかのようにマスコミに扱われました。しかし、国民の心は移ろい易いもので、その選挙での結果は、法定の得票数を獲得できず、泡沫候補に終わり、落選しました。

ペンキが投げられた検察庁の石看板(1992年9月)
​金丸辞職を求める抗議(1992年9月)

スピード違反者が出頭を拒否

ーーー金丸元副総裁の略式処分の影響で、「警察に出頭したくない」とのケースが相次いだとお聞きしましたが、実際にどんな影響があったのでしょうか。

五十嵐元特捜部長 : 後日談ですが、ある地方の検察庁からこんな問い合わせがありました。

「スピード違反をした人が、金丸元副総裁の略式処分にならって、『検察庁に出頭しないで上申書の提出だけで罰金処理してほしい』と言っているがどう対応したらいいか」と。

もとより、他庁の事件処理に口をはさむ権限はありませんので、あくまで参考意見としてわたしはこう答えました。