検察人生に幕を下ろした“特捜の申し子”

時代は、バブル崩壊の余波がなお色濃く残る2000年代前半である。

「リクルート事件」を皮切りに「金丸信巨額脱税」「ゼネコン汚職」「野村証券・第一勧銀事件」「大蔵省接待汚職」など、戦後史に残る数々の政界事件捜査を手がけ、“伝説の特捜検事”と言われた熊﨑勝彦。

東京地検特捜部長、富山地検検事正、最高検察庁公安部長などを歴任したのち、2004年9月、退官した。長きにわたる検察官人生に、ひとつの区切りをつけた瞬間だった。

弁護士に転じた熊﨑は、「リクルート事件」で共に捜査に携わり、江副浩正会長の秘書室長らの取り調べを担当した後輩検事・矢田次男(28期)が主宰する「のぞみ法律事務所」に身を置くことになる。

だが、その約2年後、熊﨑は事務所から徒歩5分ほどの距離にある「一番町綜合法律事務所」2階へと拠点を移した。
そこは、横浜地検時代の直属の部下であり、盟友でもある猪狩俊郎の事務所だった。

「しばらく世話になるわ」

熊﨑は、同フロアに「熊﨑勝彦法律事務所」を新たに開設する。

1990年代、「ゼネコン汚職事件」や「新井将敬事件」を舞台に、熊﨑と猪狩は、検察側と弁護側という立場で、真っ向から対峙してきた。その二人が、時を経て再び同じ屋根の下で机を並べることになるとは、当時、誰が予想しただろうか。

実は、この熊﨑の退官をめぐっては、外部にはほとんど知られていない、知られざる舞台裏があった。

リクルート事件、金丸巨額脱税、共和汚職、大蔵接待汚職など多くの大型経済事件を手掛けた熊﨑勝彦元特捜部長(24期)