「暴力団排除」に必要な“圧倒的な存在” 頭に浮かんだ男とは?
混乱を収拾するには、圧倒的に強力な存在が必要だった。
猪狩の脳裏に浮かんだのは、“クマさん”こと熊﨑勝彦である。検察の最前線で数々の政界事件を手がけてきた熊﨑の手腕が、自然と思い起こされた。
当時、熊﨑は最高検察庁公安部長。六十三歳の定年まで、残された時間は一年余りだった。猪狩は考えた。
――混迷を深め、十二球団が足並みをそろえられずにいる「プロ野球の暴力団排除問題」をまとめ上げるには、クマさんをNPBの「コミッショナー顧問」として迎え、陣頭指揮を執ってもらうほかない。
当時のNPBトップ、コミッショナーは根来泰周(10期)である。
根来は1995年、検事総長就任が確実視されていた。しかし同年、地下鉄サリン事件が発生。当時の検事総長、吉永祐介(7期)がオウム事件への対応などを理由に留任したことから、根来に順番が回ってくることはなかった。
そのため、根来は検察ナンバー2である東京高検検事長を最後に退官し、公正取引委員会委員長を経て、2004年1月、NPBコミッショナーに就任していた。
和歌山の住職の家に生まれ、僧侶の資格も持つ根来は、周囲から「争いを好まないタイプ」と見られていた。法務省で国会対策を長く担い、自民党に近い存在とも評された。
橋本内閣の官房長官を務めた梶山静六との関係は、週刊誌で「N―Kライン」と報じられたこともある。
筆者も司法記者クラブ時代に取材で接しているが、阪神タイガースファンを公言し、執務室にはタイガースのグッズが並ぶなど、関西弁でざっくばらんな印象の人物だった。
だが、猪狩は根来に失望していた。
「根来さんは、いざという場面で腰が引ける。暴力団排除でも、何の役割も果たしていない。問題を解決する力は、皆無だ」(同書)














