7か月にわたる西南戦争が終結。そして
明治10年9月24日、総攻撃が行われ、西郷の切腹と幹部らの死をもって西南戦争は終結した。
戦後の薩軍兵たち 「国事犯」として裁判へ
各地でけがをしたり投降したりして生き残った薩軍兵は、反政府の罪人とされ「国事犯」とされた。
国事犯は西南戦争終結までに捕えられた約2,700人。長崎と東京の臨時裁判所で裁判を受け、懲役10年から2年の刑を受けて各地の監獄に収容された。その一つが宮城県の監獄だった。
明治10年9月24日、総攻撃が行われ、西郷の切腹と幹部らの死をもって西南戦争は終結した。
各地でけがをしたり投降したりして生き残った薩軍兵は、反政府の罪人とされ「国事犯」とされた。
国事犯は西南戦争終結までに捕えられた約2,700人。長崎と東京の臨時裁判所で裁判を受け、懲役10年から2年の刑を受けて各地の監獄に収容された。その一つが宮城県の監獄だった。





