変わってしまった母 息子に向かって「どちらさまですか?」
さみしさを募らせたのか、母は酒に慰めを求めていた。酒量はどんどん増え、取り返しがつかないレベルにまでなっていた。異変に気が付いたのは、ようやく落ち着いて久しぶりに福岡に帰った時だった。
「母が酒で人が変わっている…」アルコールで脳に障害がおきていた。息子の八幡さんに向かって「どちらさまですか」と言ってきた時は、背中に汗が流れた。
四国での仕事に期待感を持ち、やりがいも感じていたが、「このままではいけない」と決心した。
福岡で試験を受けなおし、地元の公務員になった。母ひとり、子ひとりとなった今、自分が母と一緒にいなければと思った。
母が治療のため入院した病院は、車で片道およそ2時間の場所だったが、八幡さんは週末ごとに見舞った。院内には精神疾患で入院している子どもたちもいて、患者同士として交流もあった。
「これが母には良かったのかもしれません」八幡さんは振り返る。芳子さんは、次第に脳の機能が回復。うつろだった目には光が戻ってきた。医師も驚くほどだった。
「子どもたちと交流して、教師だったころの自分を思い出してシャンとしたんだと思います」(八幡さん)
やがて芳子さんは退院し、福岡県内で八幡さんと住むようになった。八幡さんの仕事の関係で、県内で離れて暮らす時期もあったが、母が再び酒で崩れることはなく、ビールを適量楽しむぐらいだった。
80代になっても足腰は大きく衰えず、飼っている犬の世話が生きがいだった。週に何回かのデイサービスに通って、デイ仲間や職員さんたちと触れあうのを楽しみにしていた。

八幡さんは独身のままだったが、母と暮らす日常はかけがえのないものだった。
2022年3月に定年退職を迎えた八幡さん。母の状態も落ち着いているし、以前からやってみたかったテーマパークでの仕事に就けることになり、4月に1人で大阪に転居した。大阪で暮らしていても、母に会うため、2週間に1回は福岡に帰っていた。離れてはいるが今度は順調にいっていた。
しかし、それが急変した。