最大震度7を観測した能登半島地震で、横倒しになったビルの下敷きになり、妻と娘を亡くした楠健二さん(57)が1日、かつて自宅があった輪島市を訪れ、家族の冥福を祈った。

「出せなくてごめんなさい」。妻子を助け出せなかった後悔を抱えながら、楠さんは、妻と交わした「輪島に戻る」約束を果たすため、遠く離れた神奈川の地で再起を誓う。

がれきに体を挟まれ妻子が犠牲に

石川県輪島市の中心部、朝市通りの近くで妻と共に居酒屋「わじまんま」を切り盛りしていた楠健二さん。2024年1月1日の能登半島地震で、隣接する地上7階建てのビルが横倒しになり、自宅兼居酒屋が押しつぶされた。

横倒しになった地上7階建てのビル=2024年1月 2日

中にいた妻・由香利さん(当時48)と長女の珠蘭さん(当時19)ががれきに体を挟まれ、息を引き取った。

1日、楠さんは自宅があった場所を訪れ、花を手向けた。

自宅とビルは解体され一帯はさら地になった=1日午前10時ごろ

「ここにいたんだよ。謝るしかない。出せなくてごめんなさい」

楠さんは涙ながらに2人を助け出せなかった後悔の言葉を繰り返した。

遠く離れた川崎で営業再開 でも海鮮は100%能登産

輪島市からおよそ320キロ。川崎駅前にあるビルの地下から、毎晩、にぎやかな声が伝わってくる。

川崎駅前にあるビルの地下で再スタートした「わじまんま」=2025年12月

2024年6月、楠さんは以前暮らしていた神奈川県川崎市で、かつての店と同じ「わじまんま」の看板を掲げて居酒屋をオープンした。

「輪島の復興復旧まで働かないでいられる財力もないしさ、じゃあやるしかない。やるしかないんだよ。『やりたい』じゃなくて『やるしかない』」

残された子どもたちと共に生活していくため、再び店に立つことを決めた。

2025年12月。楠さんは、石川県産のズワイガニのメス=香箱ガニの身を取り出し、甲羅に丁寧に盛り付けていた。

香箱ガニを盛り付ける楠さん=2025年12月

「こっちのお客さんに能登のものを食べてほしいし。去年もやったけど、今年もやっぱりその時期が来たので」

能登の食材から感じる時の流れ。地震からまもなく2年の歳月が経とうとしていた。

「1年経ったろうが2年だろうがあの状態からはまだちょっと抜け出していない状態。ただひたすらに忙しい思いすれば、気が紛れるかなと思ったけどそうでも無かったんだよ」

能登の酒蔵で作られた日本酒がずらり=2025年12月

店内には能登のイベントのポスターや日本酒がずらり。海産物は100%能登からの直送にこだわり、箸袋や手拭き、ペーパータオルまでも能登から仕入れている。

「本当は近くで買えば安いんだけど」

川崎にいながら、輪島の一員として少しでも復興の力になろうとしている。