スーツに込められたもう一つの家族の物語 「偶然」を呼び込んだのは…

実は、このスーツにはもう一つの家族の物語があった。

佐賀から久留米まで息子のスーツを届けたおかかさん。乳がんと分かったのは、2023年2月で、ひとり息子が高校を卒業する直前だった。

入院に空きがなく、3か月待ち。「不安な中で高校の卒業式を迎えた」。大学の入学式には最初は行くつもりはなかったが、「この先何かあったら後悔する」と出席することに決めた。息子が4歳の時に再婚し、ここまで立派に育ててくれた夫と一緒に大学の入学式に行った。

乳がんがどうなるか分からない時期。息子の初めてのスーツ姿に、色々な想いや希望を感じた。周りの大学1年生には、まだ幼さの残る子もいて、スーツ姿で恥ずかしそうに親と写真を撮っていた。

おかかさんは「この入学式がとても大切な思い出になって、気持ちを切り替えるきっかけになりました。その後の治療も頑張ろうと前向きになれたんです」という。

息子の入学式では、亡くなった両親に代わって女の子を育て、孫の晴れ姿を見に来たおじいちゃんとおばあちゃんにも出会った。

たくさんの学生の姿を見ながら、色々な事情がある中、子どもを育ててきた方もいるんだろうと、その時あらためて思った。


スーツを忘れたゆまさんのSOSには、SNSで叩く声のほか、「大学の入学式なので、普段着でいいのでは?」という意見もあった。

それに対し、おかかさんは「乳がんに立ち向かう勇気をもらった」と自身の経験をSNSに書き込み、「私にとって息子のスーツ姿は特別な思いがあります。だからこそ、息子さんのスーツ姿をお母さんに見て欲しかった。そういう思いがありました。」とスーツを持って駆け付けた背景を綴った。

「一概に甘やかしとか過保護とかとは言えない。叩いた人たちに伝えたかったんです」と話す。

ゆまさんの息子が2着から選んだ「紺」のスーツは、おかかさんの息子が入学式で着たものだった。

「入学式でうちの息子が着たスーツを、ゆまさんの息子さんが選んだので、後ろ姿の写真を見たときは、息子とかぶりうれしかったです」(おかかさん)


もうひとつ偶然があった。ゆまさんの息子が選んだネクタイの小紋柄は、実はネコだった。

おかかさんは、2023年5月に乳がんの手術をし、抗がん剤治療を経て今はホルモン療法で治療を続けている。関節痛の副作用がひどく、寝返りをうっただけでも痛くて目が覚めてしまうことがある。

5日午前3時も、痛さで目が覚め、「ハチが鳴いている」のに気づいてベッドから出た。ハチが起こしてくれたから、ゆまさんの投稿に気づくことができた。

4人の子どもを頑張って育てているゆまさんに、息子さんのスーツ姿を見せることができて本当に良かった。

小さな奇跡が重なったのは、ハチのおかげだったのかもしれないと思っている。