ウクライナでは国連が把握しただけでも1000人近い子どもが死傷している。そのうちの一人、4歳のリザちゃんは、市街地へのロシアのミサイル攻撃で命を落とした。
一緒にいて重傷を負った母親のイリーナさんが、リザちゃんがどう亡くなったか、そして何よりも、リザちゃんがどう生きたか、リザちゃんとどう生きたか、話してくれた。
■ロシア軍のミサイルに絶たれた4歳の命
8月18日、ウクライナ西部ビンニツィア市内。古い民家の門をくぐる。玄関のドアは開いていた。
入って右手のキッチンに、イリーナさんが座っていた。わきには松葉づえが立てかけられていた。イリーナさんのお母さん、ラリーサさんが椅子をすすめてくれる。二人とも黒い服を着ている。喪に服しているのだ。
棚に飾ってある写真立ての中、ラベンダー畑でラベンダー色のドレスを着た娘のリザちゃんがこっちを向いていた。ついこの間、7月上旬に撮られたものだ。でも、彼女はもう、この世にはいない。4歳で、ロシア軍のミサイルに命を絶たれた。

あの日、7月14日、リザちゃんはイリーナさんと、市内にある幼児教室「ロゴクラブ」を訪れた。リザちゃんはダウン症で、言語の発達を助けるセッションを週に3回受けていた。教室に向かう道中、イリーナさんがSNSにリザちゃんの動画を投稿している。ライトブルーの上着、白いズボンのリザちゃんは、ピンクのシートで黒いフレームの自分のベビーカーを元気に押して歩いていた。
ロゴクラブからの帰り、二人は市の中心部にある広場に差し掛かっていた。リザちゃんはベビーカーに乗って、ストラップをつけていた。すると、上から大きな音が聞こえて来た。飛行機の音ではなかった。イリーナさんとリザちゃんは反射的に空を見上げた。「信じられないほど大きな」ミサイルが見えた。まさに“頭上”。イリーナさんはとっさにリザちゃんをかばう姿勢でベビーカーに覆いかぶさった。リザちゃんの顔と自分の顔がくっつくくらいに。
イリーナさん
「そこから1秒もなかったと思います。大きな爆発音がして、地面が揺れました」
■助からないだろう・・・でも信じたくなかった
爆撃を受けた建物からイリーナさんたちがいた場所まで100メートルもない。イリーナさんに実際に話を聞くまで、私はイリーナさんが気を失って病院に運ばれ、爆発直後のことは何も覚えていないのだろうと勝手に思い込んでいた。攻撃直後、入院先の医師がインタビューに「母親には娘の死は知らせていない。情報が入らないように携帯も触らせていない」と答えていたからだ。でも、そうではなかった。イリーナさんはしっかり記憶していた。その記憶は、あまりに辛かった。
「黒い煙が立ち上っているのが見えました。それ以外に何も見えませんでした。その時は何の痛みも感じませんでした。ベビーカーが見えて、リザが中にいるのが見えました。でもリザがどうなっていたかは見えませんでした」
イリーナさんは数メートル歩いて助けを呼んだ。でも周りに誰も見えなかったので、ベビーカーのところに戻った。そこで見たのは、わが娘のむごい姿だった。
「リザの体が・・・お腹のところが裂けているのが見えました。私は自分の体の痛みは感じませんでした。そばには誰もいませんでした。
車の脇で男の人が頭を抱えてしゃがんでいるのが見えました。私はその人に、リザをベビーカーから一緒に運んでほしかった。リザが生きていると思ったから。自分の目を信じたくなかったんです。こんなこと、ありえないと思ったんです。ありえない」
「男の人は来てくれましたが、リザを見てすごくショックを受けて、力になれない、と言って去って行ってしまいました。彼自身も精神的につらかったんでしょう。
そして私はベビーカーのそばにへたり込んで、叫び始めました。リザの姿を見て、叫び始めました。そこで初めて自分の体の痛みが襲ってきました」
やっと人々が駆け寄ってきて、助けようとし始めたのを覚えている。イリーナさんは「リザがそこにいるの、助けて、リザがいるの」とすがるように頼んだ。でもその人達はリザちゃんを見ると「なんてこった」と言い、リザちゃんを何かで覆った。
「誰かが私の傷を手当てしていました。私は息苦しくなって、何も話せなくなってしまいました」
私は確認するようにイリーナさんに聞いた。
ーーその時点で、“リザちゃんを失ったかもしれない”、そう思っていたんでしょうか。
「あれだけのけがをしていたら助からないだろうと頭で理解はしていました。でも信じたくなかったんです。信じたくなかった。だって、こんなことあり得ない、起きるはずがない・・・これからやりたいこともたくさんあったし、本当にあの子を愛していましたし、私たちにそんなことが起きるはずがない、どうして?って・・・」
ここまで一気に話すと、イリーナさんは少し弱い声で「頭で理解はしていました。でも信じたくなかったんです」と、もう一度、繰り返した。
現場で撮影されたリザちゃんの遺体の写真は、攻撃直後からネット上で拡散されていた。イリーナさんが当日に投稿した動画と同じ、ピンクと黒のベビーカーの中に横たわるリザちゃん。顔は傷ついていなくて、顔だけ見ればリザちゃんは眠っているようにも見えた。ライトブルーの上着と白いズボンは直前の動画と同じ。でも小さなお腹とその周辺の地面は真っ赤に染まっていた。