■「戦争が始まって音に敏感になった」歪む日常

ロゴクラブに通ってくる子のうち特別支援が必要な子は半分程度で、この日はグループセッションが行われていた。先生が子どもたちにボールや羽根などを使って遊ばせたり、音楽に合わせてみんなでダンスをしたりする。戦争が始まってから、さらに西、あるいは国外に逃げたため通わなくなった子たちがいる一方、東や南の戦闘地域からここビンニツィアに避難してきた子たちが通い始めるケースもあって、全体として人数は変わっていないそうだ。

ハルキウから避難してきたオレーナさん親子

2歳の息子ギエルマンくんと通っているオレーナさんはハルキウから4か月前に避難してきた。そもそもハルキウではギエルマンくんの年齢で、こうした特別支援ニーズに対応してくれるところは見つけられなかったという。人懐っこく笑顔を振りまいてくれるギエルマンくんだが、オレーナさんによると、戦争が始まって以来、音に敏感になっている。

「この子は電動ドリルの音をとても怖がるようになりました。ヒステリーを起こして止まらなくなります。こないだはここの教室でも起こして、セッションを早めに切り上げなければなりませんでした」

特別支援が必要な子たちは日常のルーティンが変化することを嫌う子も多い。戦争はまさにその日常を歪めて行く。

■「リザは私の人生そのものでした」

侵攻が始まった日、リザちゃんは父親と一緒にいた。リザちゃんの父親はイリーナさんと数年前に離婚していたが、娘とは定期的に会う取り決めになっていて、その日、リザちゃんをイリーナさんのもとに送り届ける予定だった。しかし外はパニックだった。大渋滞も起きた。まずは父親がリザちゃんをなるべく安全なところに退避させることにし、イリーナさんは結局、周辺の戦況が落ち着くまで1か月半にわたってリザちゃんとは会えなかった。こんなに離れていたのはリザちゃんが生まれて以来初めて。辛かった。毎日心配していた。

待ちに待った再会後も、リザちゃんには戦争のことは説明しなかった。爆発音が聞こえても、「ブーン」「バーン」などとちょっと“楽しげ”に表現することでごまかし、怖がらないようにさせていたという。とにかく世界で起きている酷いことからリザちゃんを守りたかった。


イリーナさんにあえて尋ねた。

ーーあなたにとってリザちゃんはどんな存在でしたか?

イリーナさんは深く呼吸をしてから、こう言った。

「リザは私の人生そのものでした。リザと一緒にいるとこれまで感じたことのないようなとても大きな愛を感じました。毎朝起きてあの子を見るたびに、私はこの子がいてどんなに幸運なんだろうと感じていました。彼女に障がいがあっても。他の人達が何と言おうと」

「いつもハグしてくれました。私の頬や眉を撫でて、“ママ、ブブ”って言っていました。“ブブ”、というのは大好き、という意味なんですけど。(※ウクライナ語で“love”は“リュブリュ”。そのリザちゃん版)“ママ、大好き!”って大声で言ったり、“好き好き好き”ってたくさん言ってくれたり・・・それは忘れません」


“おばあちゃん”の愛称はウクライナでは通常「ババ」だが、リザちゃんは「ダダ」と言っていた。「ダダ、ブブとも言ってくれましたよ」とラリーサさんが続けた。話しぶりから、目の中に入れても痛くなかった孫だったことがよくわかる。リザちゃんはラリーサさんのつくるペリメニ(水餃子に似た料理)をよく食べた。野菜はちょっと苦手だったけど、蒸して食べやすいように工夫した。

イリーナさんはウェブデザイナーで、最近はもっぱら在宅勤務だった。リザちゃんを寝かしつけるのはラリーサさんの役割だった。いつも、枕元で歌を歌ってあげていた。リザちゃんのお気に入りは「テレンが咲いている」。ウクライナの伝統的な歌だ。テレンとは白い花をつける植物で、濃い紫の小さな実がなる。日本語ではスピノサスモモというらしい。

歌っていただけますか、と水を向けると、ラリーサさんは「やってみましょう」と言って咳ばらいをし、歌い出した。

「テレンが咲いている、テレンが咲いている。

そして花は地面に落ちていく

愛を知らない人は悲しみも知らない。
愛を知らない人は悲しみも知らない。

私は若き乙女で、そう、悲しみも知っている。
あの子は夕飯を食べ終わらなかった
私は夜、眠れずにいる」


哀感に満ちた旋律を、ラリーサさんは目に涙をためて、歌ってくれた。上手だ。
それをイリーナさんは、リザちゃんのベッドに腰を下ろして聞いていた。少し上を向いた横顔。目にはやはり涙が薄くたまっていた。

歌い終わるとラリーサさんは涙声で語った。

「私たちはとってもとってもリザを愛していました。こんなに子どもを可愛がれることがあるんだろうか、というぐらい。でも、もしかするとそれは、リザとの時間がとっても短いことが決まっていたからなのかもしれませんね」


その直後、イリーナさんが、初めて怒気をはらんだ声で話し出した。

「ロシアは私たちの国にやってきて、ウクライナ人一人ひとりの人生をめちゃくちゃにしています。私たちはただ幸せに生きていたのに。みんなやりたいことがあったのに。呼ばれてもいないくせにやってきて、ロシアには何の権利もないのに、ウクライナ人を殺し始めました」

「そして世界は見ているだけです。空爆を防ぐこともせずに・・・。あとどれだけ続くの?もう半年も経っているのよ。リザはやっと授かった待望の子でした。私たちは全てを与えてあげたかった。・・・こんなことってありますか」

「だから、私はプーチンを、ロシアを憎みます。彼らはこの地球上の汚点です。生きるに値しません。ロシアはウクライナ人を殺し、周りのものすべてを破壊しています。苦しみしかもたらさないじゃないですか」