なぜ貯蓄は「定期性預貯金」中心から変化しているのか

定期性預貯金の減少と通貨性預貯金の増加の背景には、長期にわたる低金利環境がある。いわゆる定期預金はかつて、元本を守りながら普通預金より高い利息を得られる安全資産だった。しかし、低金利の長期化によって、資金を一定期間固定する見返りは小さくなった。金利差が乏しいなかでは、定期預金よりも、普通預金など流動性の高い形で資金を保有する方が合理的な選択となりやすい。もっとも、足元では日本銀行の金融政策の修正等を背景に預金金利は上昇しつつあり、今後は定期性預貯金の選好に一定の変化が生じる可能性もある。

また、近年では、コロナ禍や国際情勢の変化で膨らんだ将来不安や物価上昇も、通貨性預貯金の増加を後押ししていると考えられる。食料、光熱、医療・介護、住宅修繕、教育、住宅ローンなど、家計が直面する支出の不確実性は高まっており、急な支出増に対応できる手元資金を厚く持つことが重視される。通貨性預貯金の増加は、物価高や将来不安に対する生活防衛の側面も持つだろう。

あわせて、有価証券の増加も見逃せない。とりわけ、二人以上世帯では、2024年と比べると有価証券が大きく増加(前年差63万円増)した。2024年1月に拡充された新NISA(少額投資非課税制度)や株高などを背景に、貯蓄に余裕のある世帯では、有価証券を通じた資産形成も進んだとみられる。ただし、河谷善夫(2026)「『貯蓄から投資』の現在地~家計フローと株価からみた実像と課題~」によると、有価証券の増加は、新たな資金の流入よりも、株価など資産価格の上昇による評価益の寄与が大きいと考えられる。有価証券の現在高が増えたことをもって、現預金から有価証券へ大きく資金を移したとまでは言い切れないことに留意する必要がある。

高齢無職世帯は「増やす」だけでなく、インフレ下で「計画的に活用する」段階へ

2025年の高齢無職世帯の貯蓄減少は、直ちに老後資金の枯渇を意味するものではない。そもそも高齢期は、現役期に蓄えた資産を計画的に取り崩しながら生活の安心・安定を図る段階であり、こうした資産活用の考え方は「デキュムレーション」と呼ばれる。資産寿命を意識しつつ、必要な範囲で資産を活用すること自体は、老後生活において自然な行動といえる。

一方で、今回の貯蓄減少には、「取り崩し方」の変化という観点から注意も必要である。つまり、二人以上世帯全体では収入・貯蓄ともに増加しているなか、高齢無職世帯では預貯金が減少に転じており、これは物価高によって年金収入だけでは生活費を賄いきれず、生活防衛的に預貯金を取り崩した可能性を示唆している。背景の一つとして、物価上昇に対して年金収入の伸びが追いついていない点が考えられる。

厚生労働省によると、2025年度の公的年金額は前年度から1.9%引き上げられた。名目上、年金額は増加したものの、年金改定は「マクロ経済スライド」による給付調整が行われており、物価上昇分がそのまま年金額に反映されるわけではない。2025年平均の消費者物価指数(総合指数)は前年比3.2%上昇しており、年金生活世帯にとっては、公的年金の増加だけではインフレに伴う生活費の上昇を十分に補いにくい環境だった。

本調査によると、高齢無職世帯の2025年の年間収入は、前年比1.5%増にとどまったのに対し、二人以上世帯のうち勤労者世帯では、前年比4.3%増となっている。すなわち、現役世帯であれば、賃上げ、ボーナス増、就業時間の調整、転職、副業などによって、物価高に対して収入側で対応する余地がある。さらに、株高やNISA拡充の恩恵を受ける世帯では、有価証券の増加を通じて、金融資産を増やすことも可能だ。

一方、高齢無職世帯では、主な収入源が、前述のとおり給付調整された公的年金に限られやすく、収入を増やして物価高に対応する余地が小さい。物価上昇に伴って生活必需的な支出が増えれば、その不足分は預貯金で補わざるを得ない。加えて、インフレが続く経済環境では、預貯金金利が物価上昇率に追いつかず、実質的な資産価値が目減りするという問題もある。したがって、インフレに対応した資産形成や資産活用を並行して検討する必要が高まっている。