虐待問題の本質は
児童、障害者、高齢者——。支援やケアを必要とする人々が、最も安全であるはずの家庭や施設で心身を傷つけられるという痛ましい報道が後を絶たない。
こうしたニュースに触れるたび、加害者の非人間性や異常性を非難し、「信じられない」と裁くことで問題を処理しようとしがちである。
しかし、虐待を「特定の悪意ある個人」の問題としてのみ捉える限り、その根本的な解決には至らない。
なぜなら、「孤立」「ストレス」「無理解」という社会の構造的な歪みによって生まれる多くの虐待は、弱い立場の人々をケアする現場で最も顕著に現れ、噴出した現象だからである。
本稿の目的は、虐待という深刻な人権侵害を、加害者の「個人の資質」の問題として切り捨てるのではなく、その背景にある問題を「社会的孤立」「構造的ストレス」「当事者への無理解」という3つの視点から考察し、明らかにすることである。
そのうえで加害者と被害者の双方を生み出さない社会のあり方を探り、私たち一人ひとりの意識と行動の変革を促すことにある。
数字が示す虐待の現状
厚生労働省やこども家庭庁の最新の統計によれば、虐待の相談・認定件数は高止まり、あるいは増加の一途を辿っている。
2023年度の児童相談所による児童虐待相談対応件数は22万件を超え、過去最多を更新した。
厚生労働省「令和5年度福祉行政報告例(児童福祉関係の一部)の概況」によると、主な虐待者は「実母」(48.7%)、「実父」(42.3%)であり、実父母が約9割を占めているのが実態である。
また、障害者への虐待に目を転じても、状況は深刻である。厚生労働省の調査によれば、2023年度の「養護者(家族)」による相談・通報件数は前年度比15.3%増、被虐待者数は2,285人で前年度比7.3%増となっている。
「障害者福祉施設従事者等」による相談・通報件数は前年度比36.9%増、被虐待者数は2,356人(前年度1,352人から1,004人の増加)となり、増加率は前年度比74.3%増と大幅に跳ね上がっている。
なお、被虐待者数を障害種別にみると、「知的障害」が「養護者(家族)」によるケースでは1,044人(45.7%)、「施設従事者等」によるケースでは1,751人(74.3%)である(厚生労働省「令和5年度 『障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律』に基づく対応状況等に関する調査結果報告書」2024年12月)。被虐待者はいずれも知的障害のある人々が突出して多い。
また、高齢者虐待も深刻である。厚生労働省の調査によれば、2023年度には「養護者(家族)」による相談・通報件数が4万386件(前年度比2,095件増)、被虐待者数は17,455人(同364人増)で、前年度比2.1%増となっている。
また、「施設従事者等」による相談・通報件数は3,441件(前年度比646件増)、被虐待者数は2,335人(同929人増)となり、前年度比66.1%増と、いずれも過去最多を記録した。
これらの数字から明確に浮かび上がる共通点がある。それは、虐待の大半が「家庭」と「福祉施設」という、本来ならば最も安全であるべき「ケアの現場」で発生しており、加害者もまた「家族」や「支援者」という、最も身近な存在であるという事実である。
この現実は、私たちに重い問いを突きつける。なぜ、最も身近な存在であるはずの家族や支援者が、虐待に至ってしまうのか。その背景には、個人の資質を超えた、深刻な構造的問題が潜んでいる。




