火の海の中、死んだ人の姿も怖いと思えず
9時間におよぶ空襲で、那覇市の9割が焼失し、住民らおよそ660人が命を落としました。
「はーっさもう。耳ももう。頭も痛いくらいさあね。死ぬというのは怖いという気持ちはなんにもない。いつでも死んでもかまわんと。もう自分たちは国のために死んだらそれでいいんじゃないかと、それだけしか考えてなかったわけ」
富子さんはこの日、爆撃された小禄飛行場ではなく、偶然別の場所での作業に動員されていたため、空襲を逃れました。
壕に逃げ込んだあとも続いた攻撃。予断を許さない状況のなか、病気で寝たきりだった父の無事を案じ、ひとり夜の那覇の街をさまよいます。
「もう火の海でしょ。人が死んでいるのか分からないけど臭くて。踏むときもあったのよ。夜だから分からんでしょ。みんな散らかってるけど、あ、こっち人が死んでるんだねと。死んでいるのを怖いと思わん」
自宅は焼け焦げ、跡形もなくなっていました。ふと思いついて向かった墓で、両親を見つけましたが、一命をとりとめた母の髪は焼け焦げ、父は富子さんの手を握ったまま息を引き取ったといいます。








