「空振りでも早く避難指示を」豪雨を教訓に

未経験の水害から1年。榊原さんはいま、たとえ空振りであっても躊躇することなく、避難指示を発令すべきだと、他の自治体にも呼びかけています。

他の自治体の防災担当者が集まった会議で「躊躇なく避難指示を出すべき」と呼びかけた榊原さん=2024年7月8日、津幡町役場

榊原さん
「空振りに終わったとしても躊躇なく避難指示を発令したほうがいいと、気象台にもよく助言をいただいていた。振り返ってみたら、もう少し早く避難指示を出してもよかった」

「外に出れば自殺みたい」避難指示間に合わず

自宅の2階へ逃げるしかなかった中村さん。避難指示が発令された午後10時の状況を聞くと、とても逃げられる状態ではなかったと話します。

中村さん
「逃げるといっても、逃げる所が無い。地区の集会所は一番先に水についていて、外に出られない。出ようもんなら、自殺みたいな感じやわ」

2023年7月12日午後10時の河川カメラ 画像右手の中山橋の欄干から溢れた川の水が道路に広がる様子が確認できる=石川県河川課提供

濁流に飲まれた家は、床上20センチほどまで水に浸かってしまい、大量の泥が残りました。ボランティアや親戚の力を借りて床の一部を張り替えましたが、水害の爪痕は1年たった今も消えていません。

中村さんの家の前を流れる能瀬川は、石川県が3年後をめどに拡幅することにしていますが、中村さんはいまも大雨のたびにあの日の恐怖が蘇るといいます。

取材の1週間前にも氾濫危険水位を超えた能瀬川 中村さんは家族とともに土のうなどを積んで氾濫に備えたという=2024年7月8日、石川県津幡町中山

中村さん
「あの場合は、水がいっきに上がってくるし、逃げるといっても限界だった。自分の感覚と自然災害は違う。逃げられる場所があるならどうのこうの言ってないで先に逃げたほうがいい」

垂直避難は“最終手段” 「長年の経験」はもう通用しない

2023年7月12日の線状降水帯で、石川県内では犠牲者は出ませんでしたが、隣接する富山県南砺市では、避難を呼びかけていた市議の男性が土砂崩れに巻き込まれ、亡くなりました。

今回、中村さん一家がとった行動は「垂直避難」と呼ばれるものです。自宅などのより高い所に逃げて、身を守る方法です。ただ、この垂直避難はもう外へ逃げることが難しいときにとる最終手段で、本来は川があふれる前に指定された避難所など、安全な場所に行くことが求められます。実際に2階も濁流に飲まれて逃げ場を失ったり、家ごと流されて命を落とすケースも全国では毎年のように起きています。

そして、事前に避難することの難しさも取材を通して浮き彫りとなりました。当時、被災地を取材すると、多くの住民から「ひとごとだと思っていた」「ここは大丈夫だと思っていた」といった声が聞かれました。たとえ空振りでも避難したほうがいいと分かっていても、いざというとき、実際に行動に移せないのはなぜなのか。

非常事態になればなるほど、人間はどうしても「まだ大丈夫」という気持ちになってしまいます。「正常性バイアス」と呼ばれる心のはたらきです。特に高齢者に多いのは「自分たちの地域ではこれまで災害が起こったことがないから大丈夫だ」といった長年の経験に基づく行動です。こういう経験は非常に大切ではありますが、近年の自然災害では、こうした長年の経験がもう通用しなくなってきています。

避難することを決しておおげさと思わずに、自分や家族を守るためにも手遅れになる前に避難する勇気を持ってほしいと思います。