■補足と課題

音声や写真では紹介できませんが、いくつかの課題を感じさせるテーマもありました。

600万人を超える難民・避難民には、それぞれのストーリーとエピソードがあります。また、難民・避難民の間には、元々の経済格差もあれば、届けられた支援の格差もあります。マイノリティの避難民もいれば、兵役逃れで脱出した避難民もおり、そうした人々の話は、なかなかメディア上には出て来ません。さまざまな事情を想像した上での支援が必要なのだということを、理解する必要があるとも感じます。

たとえばウクライナ西部のトランスカルパチア地方などには、歴史的な経緯もあり、ハンガリー系ウクライナ人の人が多く暮らしていました。この地域はもともと豊かな地域ではありません。そうした地域に、ロシア系ウクライナ人や困窮者など、国内では少数者となる人々も国内避難しています。国外に避難した難民だけでなく、国内での避難民も、多くの困難を抱えています。しかし、非戦闘地域にいる国内避難民については、注目されにくいという構図があります。

避難者に対する差別もあります。たとえばウクライナからの避難民には、もともとシリアから移民・難民として逃れてきた方や、ロマの方などもいます。しかし、「ウクライナ系はいいけど、ロマやシリア人は来ないでほしい」などと述べる人もいます。

声を出しにくい当事者の問題もあります。性暴力被害者や性的マイノリティは、その一部です。ウクライナやその隣国にはもともと、こうしたテーマに関する問題を抱えてもいました。例えばポーランドでは中絶が禁止されています。そのため、戦時下で性暴力を受けた当事者がポーランドに避難した場合、新たな問題に直面することになります。ウクライナとハンガリーは、性的マイノリティを抑圧する法律があります。ロシアによる性的マイノリティへの弾圧は大いなる問題ですが、避難すれば安心かと言えば、そう単純でもありません。

メディアでは、さまざまな「ウクライナ市民」の声が伝えられます。当たり前ですが、その声の主が、「ウクライナ市民」を代表=代弁できるわけではありません。ホモフォビック(同性愛嫌悪的)な発言をする市民もいれば、その言説によって傷つく市民もいます。「ウクライナ市民」は多様であり、それぞれの声が持つ背景にも目を向ける必要があるでしょう。

取材後ラジオでも、ウクライナ情勢などについて引き続き取り上げていきます。同時に、戦況や国際情勢だけでない報道や、多数派やエスタブリッシュメント目線でない報道も、そしてウクライナ以外の難民状況についての報道も、意識的に取り組んでいくことが必要なのだと感じました。

<執筆:荻上チキ>