被爆者運動を支えたランプと国連演説原稿

自分たちが置かれた状況を変えようと結束して立ち上がってきたことを伝える展示品もあります。

「国家補償」による被爆者援護法の制定を求め、1973年に厚生省前で5日間にわたら行われた座り込み。

その際、夜を照らし続けた一基の黒いランプ(カンテラ)は、先人たちの熱意と執念を伝えています。

展示づくりメンバーで長崎総合科学大学長崎平和文化研究所の木永勝也客員研究員は、6年前から倉庫に眠る様々な資料を整理・確認してきました。

その中で2024年に発見されたのが、山口仙二さん(1930〜2013)の1982年の国連演説の直筆原稿です。

原稿用紙には──

ノー・モア・ヒロシマ
ノー・モア・ナガサキ
ノー・モア・ウォー
ノー・モア・ヒバクシャ

などの言葉が鉛筆で書き残されています。

1982年、米・国連本部で「生命のある限り訴え続ける」と述べた山口さんの演説原稿です。

「被爆者亡き後のことを考えた時に、長崎でどういう運動があり、どういうことを被爆者や周辺にいた人が考えていたのかを残していかないといけない」と木永さんは話します。