2004年8月、東京都足立区の住宅の床下から、26年間行方不明だった女性教諭(不明当時29歳)の遺体が見つかりました。
遺体は深さ1.5メートルの土の中に毛布とビニールシートにくるまれ、すでに白骨化していました。
遺体が見つかったきっかけは、この住宅に住んでいた男(当時68歳)の告白でした。
「以前、人を殺した、遺体は床下に埋めてある」
しかし告白したその日は、殺人罪の時効15年(当時)をとっくに過ぎていました。
男はなぜ犯行を告白したのか?そして再び口を閉ざすのはなぜなのか?
「逃げ得は許さない」と遺族が男に損害賠償を求めた裁判の記録や当時の取材から、女性教諭を殺害し遺棄した男と遺族の26年間の空白を紐解きます。(年齢は2009年の取材当時)
今回、HBC北海道放送はこの事件を報じるにあたって、遺族の「事件を風化させたくない」という強い願いを考慮して、記事の冒頭に被害者女性の写真を掲載しました。【前編・中編・後編】
手帳に記された「日直、プール」
1978年(昭和53年)8月14日、月曜日。警備員の男は42歳、殺害された石川千佳子さんは29歳。
男が民事裁判で提出した陳述書によりますと、犯行現場は夏休み中の人気のない校舎の1階でした。
千佳子さんが自宅アパートに残した手帳には、この8月14日の欄に「日直、プール」とだけ記されています。
男は午後2時45分から勤務に就いて、2回目の校内の見回りを始めた時でした。
「8月14日、午後4時30分くらいだったと思いますが、私は巡回を始めました」
「そのとき、廊下で石川先生とぶつかりそうになり、口論となりました」
「すると千佳子さんがバッグのようなもので私の顔を殴ってきたので、両手で払うと、千佳子さんがひっくり返り、キャー、助けて!と、ものすごい大声を上げたのです」
「しまった、手を出してしまった…、こういう状況を作る目的でワナを掛けてきたのではないか、これで俺はクビになる、もう終わりだ、俺だけ処分されてたまるかと強い怒りが生じ、夢中で首を押さえた」(男の陳述書)
こうした男の主張に当時、千佳子さんの同僚だった元教諭の女性は、異を唱えます。
「廊下でぶつかったなんて100%あり得ない、千佳子さんはけんかを売るような人ではない、万が一、そんなことがあれば、彼女は『ごめんなさい』と謝る人です」
男は陳述書に「事件のときまで、石川先生に対して恨みとか怒りなどという感情は持っていませんでしたが、毎日のように嫌がらせしてくる組合の先生方の一員として、心は許していませんでした」と記している。
千佳子さんは、組合活動をほとんどしていませんでした。














