編み物が希望になった―渡辺千恵子さんのベスト

ひときわ目を引くのは、赤、黄、青、ピンクの毛糸でダイヤ柄に編み上げられたノースリーブのベストです。

編んだのは、世界へ核兵器廃絶を訴えた「車いすの被爆者」渡辺千恵子さん(1928〜1993)です。

被爆後、下半身不随となり寝たきりで過ごした10年間。

母は希望になればと苦労して編み機を買い与えましたが、不自由な体で使いこなすのは簡単ではありませんでした。

「とにかくすぐ疲れるんですよ。細い片腕で上半身を支えて、もう片腕で機械のハンドルを動かすから生汗がダラダラ流れる。それを見た母がびっくりして、機械を取り上げられるわけですよね」

生前そう語っていた千恵子さん。しかし、被爆者の仲間と出会い励まし合う中で技術を磨き、師範の資格を取得。編み物は原爆乙女たちの生活の糧となり、自信を取り戻すきっかけとなりました。

展示づくりメンバーの一人、千恵子さんの甥・渡辺宣博さん(71)は、生まれた時から千恵子さんと同居していました。

被爆者同士の特別な絆や、平和への切実な思いに触れてきたことが、被災協の活動への参加につながっています。

「編み物をすることで自分にもできることがあると確信したでしょうし、平和運動で自分の存在感があったのだと思います。(このままでは)死んでも死にきれんと言って死んでいった先輩たちの気持ちが、少しでもつながればと思います」と宣博さんは語ります。