2004年8月、東京都足立区の住宅の床下から、26年間行方不明だった女性教諭(不明当時29歳)の遺体が見つかりました。

遺体は深さ1.5メートルの土の中に毛布とビニールシートにくるまれ、すでに白骨化していました。

遺体が見つかったきっかけは、この住宅に住んでいた男(当時68歳)の告白でした。

「以前、人を殺した、遺体は床下に埋めてある」

しかし告白したその日は、殺人罪の時効15年(当時)をとっくに過ぎていました。

男はなぜ犯行を告白したのか?そして再び口を閉ざすのはなぜなのか?

「逃げ得は許さない」と遺族が男に損害賠償を求めた裁判の記録や当時の取材から、女性教諭を殺害し遺棄した男と遺族の26年間の空白を紐解きます。(年齢は2009年の取材当時)

今回、HBC北海道放送はこの事件を報じるにあたって、遺族の「事件を風化させたくない」という強い願いを考慮して、記事の冒頭に被害者女性の写真を掲載しました。【前編・中編・後編

男は千佳子さんと同じ小樽市出身

男(73)はなぜ、石川千佳子さん(当時29歳)を殺害したのか。

民事裁判で男が提出した「陳述書」に事件の経緯について男の言い分が記されていました。

小学校の警備員をしていた頃の男▶この記事を最初から読むこの記事の写真を見る

「私は、北海道小樽市にて、昭和11年3月に出生しました。兄が2人、姉がひとり、弟がひとりの5人兄弟です」
「高校を卒業した後、24歳の時、街頭の勧誘で自衛隊に入隊。その一方、大学の通信過程で法律を学んでいました。そして、大学で学んだ知識がどの程度、身についているか確かめようと受験した刑務官の採用試験に合格。27歳で千葉刑務所の刑務官として勤務しました。ところが、看守の仕事は大変な仕事で、昭和41年3月をもって、刑務官を辞め、北海道へ帰りました」

男の陳述書は続きます。

「私は、再び上京し、足立区周辺でタクシーの運転手として働き始めました。タクシーの仕事は楽しかったし、当時は収入もよかったので、結局7年以上やっておりました」

「そして34歳の時、12歳年上の女性と結婚しました。下宿していたアパートの大家の娘でした。私は結婚を境に妻の姓を名乗るようになりました。そして昭和48年4月付けで、学校警備員として足立区立の小学校に勤務することになったのです」