目の前で自分をかばい亡くなった祖母―81年間抱え続けた「生き残った負い目」

1945年8月9日午前11時2分。当時6歳だった本村さんは、爆心地から約4.5キロ離れた長崎市小江町の自宅の縁側にいました。

「びかーっと来たんですね。それと同時に爆風が来て、庭先に小さな体が叩きつけられたんです」

土間から慌てて駆けつけ、幼い本村さんの上に覆いかぶさったのは50歳の祖母でした。背中には無数のガラス片や障子の桟が突き刺さりました。
その傷がもとで、祖母は一度も仰向けになれないまま、翌年3月に亡くなりました。

「一つの命と引き換えに私があるということ。一瞬にして亡くなった人たちも被爆者なら、のうのうと生きている私も被爆者。そこに負い目を感じるわけなんです。今でも抱えています」

自分をかばって死んでいった祖母への申し訳なさ。その重圧から、本村さんは自らの被爆体験に蓋をし、半世紀以上も公に語ることができずにいました。














