旅立ちの朝──いってらっしゃいザッくん

2022年、鷹島に ようやく秋がやってきた頃、恵子さんが煌太郎くんを連れて、牛舎に入っていきました。

恵子さん:「ザッくん。ザッくん。はい。ザッくん」

ザッくんの顔をなでながら、恵子さんはゆっくりと煌太郎くんに話しかけます。

恵子さん:
「明日ね、あのーザッくんね、出荷になるけんが、食肉センターっていうところに連れていくけん。うん。
ザッくん、頑張ったもんね。煌太郎、ちっちゃいころから見たもんね。でもザッくん、お肉になるために生まれてきたとやけん、いってらっしゃいって言わんばね」

煌太郎くんが、かすかに頷きます。

ザッくんはここで535日、暮らしました。

食肉センターへ向かう朝です。

恵子さんは、ザッくんの身体をなでた後、牛を運ぶトラックにザッくんを乗り込ませます。

変形して足元がおぼつかないザッくんの前足を懸命に引き上げます。

恵子さん:「よいしょ。上がれ!よいしょ…おいしょ」

啓介さん:
「まあね、ここまで。これたっていうか…なにより妻がずっとかわいがっとったけんですね。こう生きる力を…やっぱずっと感じ取って、ずっとこう毎日、毎日…」

何度か途絶えそうになった命でした。
旅立ちの朝を迎えられたのは、ザッくんの生命力と恵子さんの思いです。
そして商品にはならないザッくんを、家族で食べると決めたのも、恵子さんです。