プロスポーツ界として初の「暴力団等排除宣言」採択も・・・

こうして階層化された構造の中で、暴力団を頂点とするピラミッドが築き上げられていた。プロ野球は、知らぬ間に暴力団の“資金源”となり、“食い物”にされていたのである。

もはや、球団や球場職員の手に負えなくなっているのは明らかだった。

山口は「この問題を解決するには、全球団、NPB(日本野球機構)、そして警察が一体となって、悪質な応援団を排除する以外に道はない」と訴え、根来泰周コミッショナーらを説得して回った。

その働きかけは実を結び、2003年12月、全球団に加えて警察庁、日本弁護士連合会などが参加する「プロ野球暴力団等排除対策協議会」の設立にこぎつけた。

同年12月9日に開かれた第1回協議会では、プロスポーツ界としては初となる「暴力団等排除宣言」が採択された。長年手つかずだった「暴排」が、ようやく現実の施策として動き出したのである。

しかし、これはあくまで出発点にすぎなかった。行く手には、なお幾重もの困難が待ち受けていた。

折しも同じ頃、山口と同様の問題意識を抱き、反社会勢力への強い危機感を募らせていた人物がいた。

第一東京弁護士会「民事介入暴力対策委員会」の委員長を務めていた猪狩俊郎である。

猪狩は知人を介して山口と連絡を取り合い、その実情を聞くや、「協力して手を組みたい」と決意を固めた。こうして、暴力団壊滅に向けた本格的な作戦が幕を開けた。

筆者の担当する報道番組に出演する猪狩俊郎弁護士(33期)