下駄トレーニングで体幹のぶれない走りに

しかし1~2年時の練習は、そこまで800mに特化した内容は行っていなかった。

「チームで駅伝の練習をやっていて、その後に150mから200mを速いタイムで走っていました」と大河監督。それを2~3年時には、徐々に「パワー系、スプリント系の練習」も取り入れ始めた。「他の長距離選手はジョグを行いますが、落合だけ週に5日、パワー系の練習を行いました」。

ユニークな練習として、下駄を履いてのジョグや動きづくりがテレビ番組などでも紹介されている。腕立て伏せなどの補強メニューも下駄を手足に装着して行う。

「かれこれ8年やっていますが、体幹を中心にスムーズな体重移動をすることが目的です。今の選手はヒザから下で蹴り上げて走ってしまう傾向がありますが、適切なポイントに乗っていく感覚をつかめば、無駄な力を使わずにスピードが出ます。1本下駄と2本下駄がありますが、肩甲骨から骨盤を連動させる体の使い方ができるようになります。落合は抜群に上手かったですが、繰り返し行っていく中でさらによくなっていきました」

そのトレーニングの成果は、走り方にはっきり現れているという。

「1年生の頃は肩が上がって腕を抱え込むフォームで、浮きながら(上方向に跳ぶような走りで)必死な感じが強く出ていました。3年生になると体幹がぶれずスムーズに移動する走りに変わって、ラストになっても頑張っているように見えなくなりました」

大河監督が指摘したように落合の走りは“スパートした感”がなく、本当に全力を出しているのかと疑ってしまうほどだ。その走りでもしっかりとスピードは出ているから、他の選手との差は開いていく。

過去の世界陸上の予選通過ラインは、1分44秒台後半から1分46秒台。これは中・長距離の世界大会予選が、タイムよりも勝ち抜くことが重要になるからだ。そのためにはタイムも必要で、自己記録が1分46秒台では予選を通過する戦いに加わる余裕は持てない。その点で落合は、積極的なレース展開で1分44秒台までタイムを縮め、その戦いに加わる資格を持つに至った。だが世界陸上予選の最後のペースアップは、これまでの落合が経験していないスピードになるだろう。男子800mで予選を通過できた日本選手は過去にいない。落合が予選通過を実現できるかどうかは、“頑張っていないように見える走り”にかかっている。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)