80年という月日が流れる中、戦争の記憶をつないでいこうと県内で語り部として活動する女性たちがいます。
父親を知らない一人の女性が家族の絆を感じたのは、戦地から何通も送られた、手紙でした。
県遺族会女性部 阿部博子 部長「父親がいない戦後の苦しい生活、悲惨さや平和の尊さをいま語り継がなければうずもれてしまいます」

この日、山形市蔵王温泉で県遺族会女性部の語り部研修会が行われていました。
戦後80年という節目を迎え遺族の高齢化が進む中、戦争の記憶を風化させず次世代へと伝えていこうと開かれました。

語り部の講師として、齋藤幸子さん(86)が満州での壮絶な体験を語りました。
齋藤幸子さん(86)「狼煙みたいに火をたいたから四方八方から銃撃が始まった。銃撃です。夜中。馬や人にも(銃弾が)あたって大勢の人が亡くなった。コーリャン畑で」


齋藤さんは7歳の時に満州から日本への引き揚げを経験し、家族とともに旧ソ連の侵攻から逃げる際2人の妹と弟を亡くしました。

研修会には、こうした戦争の記憶を語り継いでいこうと考える県内に住む70代から80代の女性およそ40人が参加していました。















