◆お前に任せて安心しているよ

藤中松雄が書いたミツコ宛ての手紙(1949年7月19日発信)

<藤中松雄が妻に宛てた手紙 1949年7月19日>
働ける身体を持っていて、働けない程の苦痛は又とないでしょう。ただ、畳二枚敷きの中に二人黙念と座り、来る日も来る日も働けたらなァと思うと共に、父母やお前達ばかりに苦労させなくともと思う事考える事、すべて家のことばかりです。
併し光子、俺は家のことは一切お前に任せて安心しているよ。それはくよくよ考えるこの心に笑って励ましてくれる、やさしいお前の姿が常に現れるからである。その点誰より心強く思い、安心して佛道に精進する事が出来ます。便りにも面会の時にも慰める身である自分が何時も母の如きお前から慰め励まされ全く恥しい次第です。何時かの便りに「食べられるだけ一生懸命働いて、孝一と孝幸の大きくなるのを楽しみに食べていきます」と書いてあったなァ。力強いその言葉が何時も思い浮ばされ、転んだ私を引き起こしてくれると思われます。

どんなにかなしい時でも自分を静かに見つめよ

藤中松雄のふるさと 福岡県嘉麻市

藤中松雄は親戚に僧侶もいて、信心深い家に育った。死刑囚の棟にきてからは、念仏を唱える時間も長くなっている。

<藤中松雄が妻に宛てた手紙 1949年7月19日>
光子、頑張ろうぞ、最後まで。自分はふたたび、なつかしいお前のそばへ帰る事は出来ないかも知れないが、如来本願の御佛は何時如何なる時も常に守っていて下さるのです。まだ幼い孝一・孝幸が成人したならば、自分の右腕左腕となって、必ず必ずやさしい唯一人の母親、お前に孝養を尽くしてくれると思います
これから先、悲しい時、苦しい時が又、人にも云われない悩みにもだえる事が度重なってくることであろうが、そんな時、あせったり悲観したり、やけになったりしてはなりません。どんなに苦しい、かなしい時でも、生れぬ先から救われている自分を静かに見つめる事です。