「できることは全部するし、頼って」順子さんを間近で見てきた姪の言葉
リハビリにも積極的に取り組み、立ち上がって歩くことが目標に。身体の回復の一方で、順子さんも家族も苦しんだのが記憶障害です。「高次脳機能障害」と呼ばれる症状で、5分前のことや日付がわからなくなり、順子さんは自分が何歳なのか、なぜ障害があるのか、家族に尋ねることが増えました。
(鈴木順子さん)「なんで車椅子になってしまったんだろうと思うので、こういうふうに(紙に記した文章で)形にしてくれています」
この10年で順子さんは今の自分を受け入れるようになりました。「なぜ?」と尋ねることはありません。母・もも子さんは77歳。今の穏やかな生活を続けたいと思う一方で、いつまで元気でいられるかという不安もありました。そんな時、孫の杏月さん(順子さんの姪)から声をかけられました。
(順子さんの姪 杏月さん)「私もいるから、できることは全部するし、『頼って』とは言いました。家族だし…元気な人がそばにいて、(順子さんを)見ていけばいいかなって」
(順子さんの姉 敦子さん)「(Q娘の杏月さんに『頼むね』と言った?)言ってないです。言ってないけど、無言のプレッシャーを与えていたのかも!?」
事故当時、杏月さんは8歳。周りの大人たちが順子さんを必死に看病していた様子を間近に見てきました。今もはっきりと覚えているのは、順子さんが初めてプリンを食べた時のこと。
(杏月さん)「(プリンを)なめて飲み込んだ瞬間を一緒に見ていて、泣いて喜んだ記憶はあります」
大阪で、母親の敦子さん(順子さんの姉)とおにぎり店を切り盛りする杏月さん。家族を支えるのは自然な思いからでした。