その街に暮らす人たちの心を豊かにする場所

新スタジアム構想の歴史をひも解くと、「東静岡駅そばに5万人のスタジアム整備を」という声が最初に上がったのは1996年。日本平スタジアム(現IAIスタジアム日本平)の改修が終わった翌年だ。

13万筆余りの署名を受け取った小嶋善吉市長(当時)は「都市部であれだけの土地を使えるのは最後のチャンス」と答えている。しかし、その後、議論は停滞。気づけば「サッカー王国」ながら、新スタジアム計画は完全に後塵を拝することになる。

エスパルスや歴代のJリーグチェアマンが建設の要望を繰り返す中、ようやく2021年になって、スタジアム整備に向けた調査を開始。JR清水駅東口の民有地と既存のIAIスタジアム日本平の改装案の2案まで絞られた。しかし、2025年2月21日の定例会見で、静岡市の難波喬司市長は「ハッキリ申し上げると、地権者との調整がなかなかつかない」とJR清水駅東口案が進展していないことを明らかにしている。

市の試算では、スタジアム建設にかかる費用は約240億円としている。しかし、建設資材の高騰は止まらず、静岡市では市民文化会館の大規模改修が、これを理由に最低限の工事に縮小されるなど影響を受けている。これから控えるアリーナ、さらに新スタジアムと考えると、ますます厳しい状況が予想される。難波市長は行政だけでの建設は考えておらず、民間の協力は必要不可欠だ。

スタジアムはかつて、場所に重きは置かれていなかった。中心街から少々離れていても利用者や観客が足を運んでいた。そこでスポーツを楽しんだり、観戦したりするための「ハコモノ」だったが、それも、もはや過去のものになろうとしている。

広島や長崎を取材して感じたのは、「まちなかスタジアム」とは、その街に暮らす人たちの心を豊かにする場所だということだ。「ハコモノを作る」という発想から「街に、“スタジアム”という地域を動かす新たな装置を加える」という視点へと転換し、議論、整備を前へと進めてほしいと願うばかりだ。