突然倒れた健康・毒舌の夫
マラソンでは3時間半を切る市民ランナーの矢部明洋さん(当時51歳)が、「全身がしびれる」と言い出したのは2014年11月の深夜。救急車をいったん呼んだのに、「体のしびれがなくなった」と言うので返してしまったことを、高倉美恵さん(当時49歳)は今も後悔しています。矢部さんはすぐに2度目の発作を起こしたのです。
身体をさすったり、声をかけたりしながら付き添っていた発症110日目。名前を聞かれた矢部さんが、アクリル製の文字盤を目で追ったのです。「耳が聞こえ」「質問の意味が分かり」「自分の名前を覚えている」ことが初めて分かりました。
そして発症126日後に初めて意思疎通できたのです。最初の言葉は「さ・わ・る・な」でした。本から引用します。
毎日病院へ通い、音楽や落語を聞かせ、手や足をマッサージして刺激を入れていたら、この記念すべき第一声。(略)中身の間抜けさに笑えた。あまりにうれしくて、来られる看護師さんやリハビリスタッフに、私は大騒ぎして伝えた。「初めて言葉を伝えてくれたんですよ!でも『さわるな』って、ひどくないですか!?」(略)少しずつ長い文を視線で伝えられるようになったその10日後、彼は「タイミングが悪い」と言ってきた。食後すぐのマッサージはやめてほしい、ということらしかった。
(P.16「『二人掛かりで殺される』」2017年11月15日掲載)
そのころ矢部さんは、チューブで胃に栄養剤を注入していました。家族のマッサージで、その栄養剤が逆流して嘔吐してしまうのを恐れていたのです。