市民を銃で脅し…プーチン氏の原点か

仁熊記者
「こちらに古い建物があります。当時のKGBドレスデン支部がここに入っていました。プーチン氏は5年もの間、ここで働いていたとみられています」
アメリカ軍の動向を探っていたとされる、プーチン氏。
当時、シュタージへ宛てたこんな文書も見つかっています。

プーチン氏
「一般市民のスパイと連絡が取れなくなった」「至急支援してほしい」
5年にも及んだ、ドレスデンでの任務。しかし、その終わりは突然訪れます。
1989年11月9日。分断の象徴だった「ベルリンの壁」が崩壊。
民主化の動きが一気に加速しドレスデンでも、市民を監視していたシュタージに対し市民らが抗議の声を上げました。
デモを呼びかけた一人が当時の状況を語りました。
当時デモを呼びかけたヘルベルト・ヴァーグナーさん
「抗議する市民の中には怒っている人がたくさんいました。『自分に対するスパイ行為の文書を見たい』と叫ぶ人がたくさんいました」
抗議の声を上げたのは約5000人。一部はKGBの建物にも向かったと言います。

デモを呼びかけた ヘルベルト・ヴァーグナーさん
「デモの参加者が守衛のところでベルを鳴らすと、私服姿の若い男が門のところに出てきたそうです。男は流暢なドイツ語で『無許可で敷地に立ち入れば、銃を使用していいと命令を受けている』と。そう言って守衛と共に武装していた男がプーチン氏でした」
ヴァーグナーさんは“当時の経験が今のプーチン氏に影響”を与えていると話します。
ヘルベルト・ヴァーグナーさん
「プーチン氏が撃つぞとひどく脅すと、市民はみんな逃げていきました。声をあげた市民らを武器で脅すことで、言いなりにするという経験をそこでしたのだと思います」
 
   
  













