■「近所の人から『裏切り者』と言われ…」
ロシア語を話す人が多いこの地域でも、ロシアを擁護する人はいない。近所の人の声は、厳しかった。
「彼女はプーチンのところに行けばいい。ロシアに利用された可能性はあるけど、あの動画が公開されてから、彼女は近所からのけ者になった。今の被害や攻撃を考えると、嫌われても仕方ありません」
本人の意図しないところでロシアにまつりあげられ、そしてウクライナ国内からは敵視されたアンナさん。私に最後、こう付け加えた。
「近所の人から『裏切り者』と言われました。今になって後悔しています。やらなければよかった。誰にも伝わっていないし、私には何も伝えられなかった」
おばあさんの発言をどう受け止めるか、様々な意見があるだろう。
旧ソ連を生きた女性として、かつては1つの大国を構成した国同士が争いあっていることに、私たちには伝えきれなかった複雑な思いや、あの行動をとった別の理由が存在するかもしれない。
ただそれでも、ロシアがこの侵攻を始めず、彼女をプロパガンダとして利用しようという意図がなければ、アンナさんにはいまも、普通の日常があったことは間違いない。
都合よく切り取られ、真実がゆがめられた情報。それは近しい人たちの絆を奪い、分断を招いていた。

「戦争での最初の犠牲者は、『真実』である」と言われる。誰もがスマートフォンを持ち、真偽の分からない情報がSNSで一気に拡散されて混乱を引き起こす現代。嘘やプロパガンダが多く飛び交い、容易に私たちの目に触れる。
そして私たち自身も、それをいとも簡単に拡散させることさえできる。私たち一人一人が、“荒れた情報戦”の渦中に存在しているということを忘れてはならない。
■軍事侵攻から半年 のべ2か月の取材で見てきたもの

軍事侵攻から半年、現地で取材したのべ2か月弱の間、見てきたのは無辜の市民が傷つく姿だ。
平穏な暮らしを突如として奪われ、家族がばらばらになって逃げ惑う人。戦場の嘘やプロパガンダに人生を狂わされた人。激しい攻撃にさらされ、体と心に癒えぬ傷を負った人。そして、命を失った人。犠牲になるのはみな、私たちと同じ、普通の市民だった。

戦闘収束の兆しが見えぬなか、ウクライナで起きていることへの関心は、世界的に薄れ始めているようにも感じる。それでも、目を離すまい。私たちがウクライナでの惨劇から視線を逸らせば、こうした市民への暴挙は、より悲惨なものになるだろう。
一日でも早く、彼らが平和な日常を取り戻すことが出来るよう、私たち一人一人が思いを馳せ続ける必要があると、自戒も込めて強く思う。
TBS報道局外信部 ニューヨーク支局・増尾聡
(この記事は、TBS NEWS DIGとLINE NEWSの特別企画です。)