■ロシア国内でひときわ有名になった「おばあさんZ」
軍事侵攻以降、ロシア国内でひときわ有名になったウクライナ人のおばあさん。
モスクワ市内の建物には似顔絵が描かれ、お土産用のポストカードのデザインにもなった。ロシアが掌握したマリウポリには、像さえ存在する。
ウクライナ人のおばあさんが、ロシア人の間で「英雄」扱いされる。なぜか。SNS上で拡散されたある1つの動画が始まりだった。
動画内でおばあさんは、赤いソ連国旗を手に持ち、ウクライナ兵の方に向かっていく。
「待っていました。あなた達やプーチン、すべての人々のために祈っていました」
「プーチンのために祈っていた」というおばあさんに食料を差し出したウクライナ兵は、彼女から旗を取り上げると、地面に放り、踏みつける。
これに対しおばあさんは「私の両親はその旗のために戦って死んだ」と怒り、食料を突き返した。
ウクライナ兵が撮影したこの動画は、一気に拡散した。そしてそれは、ロシアにとって、100点満点の内容だった。
「ウクライナに住むおばあさんが、ロシア軍が村を“解放”しにやってきたことを喜び、侵攻を受け入れ、支持している」
ロシア人の間でそう解釈され、「おばあさんZ」が誕生した。
■行動の真意は?「おばあさんZ」 を訪ねて…
果たして、本当にそうなのか。侵攻を支持しているのか。あの行動の真意は何なのか。私は、彼女を探した。
おばあさんは、ハルキウ市内から北東に15キロほどの村に住んでいた。周辺の民家で無傷な建物は、1つもない。壁にこれでもかというほど銃弾が撃ち込まれていたり、窓ガラスが吹き飛んでいたり。完全に崩壊した家もあった。
アンナ・イワノフナさん、70歳。突然訪問した私たちを温かく出迎えてくれた。
アンナさんの家にも、戦闘の傷痕が残されている。ほとんどの窓ガラスは割れ、タオルで覆われていた。情勢が不安定なため、修繕が受け付けてもらえず、今年2月以降、厳しい寒さの時もこの状態で凌いでいたという。電気を付けないで生活していることも多く、日中だというのに、薄暗い。

話を聞かせてもらおうと準備していると、「まずはこれでも食べて」と手作りのパンと、1日1回の配給でもらったという飲み物を出してくれた。粉と水、少しの塩だけでつくったというパンは弾力があり、美味しい。そう伝えると、にっこりと笑った。アンナさんは、どこにでもいる普通のおばあさんだった。
動画で見たあの行動の意味を訊くと、アンナさんはよどみなくこう答えた。
「私は、ロシア兵が来たと思いました。彼らと話をして、プーチンにこの戦争をやめるように伝えられると思った。これ以上、血が流れないように。私にとってあれは戦争の旗ではなく、『平和の象徴』だから」
第二次大戦で侵攻してきたドイツ軍に対し、ソ連の旗のもとで共に戦い勝利したウクライナとロシア。その旗を掲げ、アンナさんは反戦を訴えたかっただけだという。
ロシアの軍事侵攻をどう見ているかも、訊いた。