尊重したい“純粋な思い”
中国のSNS上では、事件当時の映像が拡散されている。バスの乗降口の前の路上で、倒れ込む胡友平さん。それを懸命に介抱する人たちの映像だ。胡友平さんの死を悼み、その行為を賞賛する動きが中国と日本で広がった。地元・蘇州の市役所は7月2日、「正しい行動を勇敢に実行した行為」と認定し、胡さんに「模範的行動をした市民」として称号を授与した。
「中国人の誇り」「中華民族の誇り」といえば、習近平主席が進めてきた路線に沿っている。中国国内・国外の中国人社会からは、胡さんを「市民の模範」、または「英雄」にするような当局に、政治利用ではないかと疑問を投げかける声も出ている。ごく普通の市民を突然、ヒーロー、ヒロインにまつり上げて国民の模範にして、中国人の誇りをかき立てるようなやり方がふさわしいのか。亡くなった彼女自身がそれを喜んでいるのか――という問いかけのような気がする。
想像だが、亡くなったバスの案内係、胡友平さんは、毎日、顔を合わせる日本人の児童・生徒たちを愛していたはずだ。子供たちもバスを乗り降りする時に、片言の中国語で「ニイハオ」「謝謝」「再見」の言葉をかけ、小さな日中交流を繰り返していたのだろう。だから胡さんは危険を顧みず、子供たちを守ろうとしたはず。その純粋な思いこそ、我々は尊重したい。
◎飯田和郎(いいだ・かずお)

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。